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写真で二言三言【金沢編】

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思っていた以上に【金沢編】の記事が多くなってしまったので本編の『写真で一言二言』と切り離して別冊といたしました。
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2023年10月の記事一覧

日本海の荒波は凄まじい。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 四方を海に囲まれた国でありながら、県境のどこも海と接する場所が無い『海無し県』という海がない県が8県存在する。 そんな貴重な海無し県の内の群馬県で生まれ育ったわたしは、海というと夏休みに家族旅行で出かけた千葉の九十九里浜と、小学校の臨海学校で訪れた新潟の出雲崎の思い出がいまなお色濃い。 なので、いまだに太平洋というと九十九里浜の広くて大きな波のイ

雷鳥に乗って湖西線経由で大阪詣で。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 金沢の職場でのわたしの役割は公金法の営業部長、開発部長の他に福井支店長、富山支店長という北陸三県のようはなんでも屋さんという立場であった。 なので北陸三県だけ回っていたかというとそうでも無い。 当然出向元の親会社がある東京の本社に仕事の無心に出かけることもあったし、場所柄一番出張の機会が多かったのが大阪詣でである。 うちの会社は本社の他に各地域ご

ようやくまともに市内観光へ、兼六園。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 そんなこんなで前回に引き続き。 金沢に引っ越して以来、平日はほぼ引き籠もり状態な妻を連れ出してよぉ〜やく金沢らしい市内観光を始めた2014年10月のお話。 前回は金沢城公園を訪れた時の写真であったが、今回はその隣にある日本三大庭園の一つでもある『兼六園』である。 今も昔も金沢観光の際は必ず立ち寄る観光名所でもある兼六園。 実はわたしは初めてではな

ようやくまともに市内観光へ、金沢城趾。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 我が家はどちらかというと旅行好きな方である。 今は犬一匹に猫二匹と暮らしており、昨年新たに迎えた猫が餌があればあるだけ全部食べてしまう質のため、放置するわけにはいかず旅行に出かける機会もなくなってしまったのだが、以前は夏休みと10月の結婚記念日と年に2回は国内旅行を楽しんだ。 それ以外に2014年の夏から2016年の夏まで金沢で過ごしたことは、こ

三四味屋の刺身盛り半人前がこの有様!?

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 遠方から来た友人をもてなすにはやはり北陸の海の幸である。 日中、ワケワカな北陸ミステリーツアーを堪能したムー民を金沢の海の幸の度が過ぎるところを体験してもらおうと案内したのは、近江町市場でも香林坊・片町といった有名どころの居酒屋ではなく、寂れた駅西の中央卸売市場にある『三四味屋』であった。 以前も何回か紹介したあの『三四味屋』である。これまでの三

羽咋市は宇宙人に占領されっ!?

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 2014年10月。突如40代中年男性三人で結成された超業現象探検団、通称『ムー民』は宝達志水町で『モーゼパーク』を観光、いや検分して気を良くし、北陸といえばUFO多発地帯で有名な羽咋市はコスモアイル羽咋を目指すことにした。 外見は40代とはいえ、すでにノリは『学研ムー』を愛読書としていた小学生のノリである。 羽咋市に入るやいなや我らムー民を迎え入

モーゼは天浮船に乗って能登宝達山へ!?

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 友あり、遠方より来たる。 2014年秋の当時、やはり京都大阪に比べると若干のマイナー感が否めなかった金沢ではあるが、いろいろと日本全国飛び回っている貴兄からするとすでに当時から『金沢』というと行くとハマる観光地というイメージがあったようだ。 着任後三ヶ月も経つと、引越やら出向先の業務にも慣れてきただろうということで、友人知人が徐々に金沢に顔を出す

金沢時代の我が家のスタンダードは『ぽん太』さん。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 金沢での2年間の生活の時ほど自転車に乗りまくった時期はない。 なにせ車がない我が家としては自転車がないと駅西の長田というエリアでは生活物資の補給が不可能なのである。 近所のスーパーといえど歩いて30分近くかかるであろうコトを考えると、夫婦一台ずつの自転車が必須であった。 そんなで自転車夫婦は週末になると一週間分の食材を買い求めるために自転車でスー

味噌らーめんのスープって、ポタージュなのだ!?

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 というワケで、前回の駅前シネマとの偶然の出会いは駅の脇にある『麵屋大河』に向かう道中のことであった。 この日なぜ麵屋大河に向かっていたかというと、自他共に認めるらーめん好きであるわたしであるが、なかでも味噌らーめんが一番の好物なのである。 金沢に引っ越しするまでは味噌らーめんといえば、池袋東口の『花田』がずば抜けていると思っていた。 金沢でもいろ

すでに閉業らしい此花町の駅前シネマ。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 今思うと基本的に金沢の天候はだいたい曇りだったようなイメージなのだが、気のせいだろうか? ほぼほぼ曇り空が続く灰色の世界の中で、秋口は比較的天高く馬肥ゆる秋出会ったように記憶している。 なので、10月ともなると残暑もなくなり、冬までのつかの間の過ごしやすい天気に恵まれていたような? なのでアルバムを眺めていると、この時期にはいろいろと散歩して回っ

金沢B級グルメの一角、『ハントンライス』初体験!

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 平日ランチの開拓は近江町市場を中心に開拓を進めていた2014年10月。 北陸という魚好きにはもはやパラダイス以外のなにモノでもないところで暮らすようになったにも拘わらず、海鮮モノ、お魚料理にうちの妻は一切の興味を示さず。 そんな妻との週末ランチでは近江町市場に出向くコトは先ず無く、なぜかこの時期はもっと香林坊、片町方面に足を伸ばせば良いモノの、ま

初期にお昼の定食にハマった近江町市場の『刺身屋』さん。

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 金沢でまず最初にハマった定食は以前も紹介した金沢駅にある『魚菜屋』さんだったが、着任4ヶ月目の10月にもなると次第に職場近所の近江町市場を本格的に開拓するようになる。 2014年の夏当時でもすでに観光地として有名な近江町市場であったが、まだ北陸新幹線は開通前であり、現在のような観光客で溢れるというほどでもなく、金沢市民もそれなりに普段使いするような

富山ブラックはお店を間違ってはいけない!?

『2014年夏から2016年夏に撮られた写真から、当時の二年間の金沢生活を振り返り、想い出を記録に定着させる写真で二言三言。』 すでに触れている通り、出向前に言い渡されていた業務範囲と着任時に言い渡された業務範囲には違いすぎるほどの違いがあり、会社組織というモノがいかに良い加減で信用ならないモノなのかということを身に滲みて実感したワケだが、そんな無理難題を押しつけられたにも関わらず着任から2ヶ月も経つとそんなことは露と忘れ、そんな自分の立場を逆に楽しみだしたりしたりする。