私家版
聖夜、世界中の萬集家がカレンダーを持ち寄って交換会を開く。
奇妙なルールが三つある。
一つ、25日の蓋が未開封である事。
二つ、24日迄に入っていた何かの痕跡を一切残していない事。
三つ、25日の蓋は各自持ち帰った上で開封し、見たものについて口外無用とする事。
“堅く糊付けしてある蓋を力任せに引っ張ったら25枚全部がいっときに剝がれてしまう。「趣向があったのだ!」と白い貂みたいのが憤慨している。あとの24匹はさっさと店じまいを始めている。何やら精巧な仕掛けが施されているらしき天使像が見えて、僕は少し後悔した。”
“『本場から直輸入!』―やっぱり活きが違いますね、と玩具屋の店主は胸を張る。割と近所だったので冷やかしに覗いてみれば、お店の中はおもちゃ箱をひっくり返した様な大騒ぎ!総身に天使の矢を受け悶絶する店主の傍で、カレンダーの山はなおびくびくと蠢動している。”
“キャンディの包み紙に記された神様のお説教は読まずに食べていると、24枚目に預言があった。「明日のキャンディは何物にも代え難い」―あらゆる説教じみたお話に従ってその蓋は開かない。コールセンターに抗議するとサンタのおじさんに問答を挑まれる―ヒントは包み紙に。”
“イブの夜、24枚目の扉からサンタのおじさんが現れて「お前が食べてしまったのは毒のチョコレートじゃ」と告げる。唖然としていると零時の鐘が鳴り25枚目の扉から飛び出した虎がサンタのおじさんと取っ組み合いを始める。血沸き肉躍る光景にも何故か心は浮かない。”
“付属するインスタントカメラでその日に撮った写真を収めるように書いてある。クリスマスの日に現れたサンタは「ひとつひとつがみんな君の人生だね」って言って写真を燃やす。17枚目からは一緒に燃やすことを強要される。具合の悪いところに煙を浴びると良いと言う。”
“滑らかな革に刺青された切り取り線に沿ってメスを走らせれば薄らと赤く血が滲み、中から素っ気のない日記の1ページが見付かる。明日になればきっと忘れてしまうくらいの、ありふれた日常が綴られている。最後のセルを切開すると真っさらな大学ノートが一冊入っていた。”
”子狸一座が演じますは五条大橋弁慶義経の大立ち回り!貰った水飴をなめながら「お正月だねぇ」と感心すれば、子狸、急に顔を真っ赤にし「本日これぎり」と幕を引く。三日後、鳴り物入りで現れたジンジャーブレッドマンは、ぽっこり腹が突き出してお饅頭みたいでした。”
“一日の格子には隈取シールとマニュアルが入っている。指示通り貼ってみると二度と剝がせない。恥ずかしくて外にも出られないので部屋に籠って隈取を完成させる。鏡に向かってぎょろりと目を剥き大見栄を切る貴方の背後で、素顔の貴方が雪降る街へと繰り出して行った。”
“がらんとした部屋に積み上げた25個の段ボール、クリスマスというのに私は荷造りをしている。慣れぬ都会の暮しも悪い事ばかりじゃ無かったと思い出す。引っ越し業者が来る前にさっとルージュを引く。ふと人の気配を感じて鏡を覗けば、壁際で見知らぬ男が狸寝をしている。”
“蓋の奥の深い底からごぉぉぉんと鐘の音が響く。胸の内にわだかまっていた何かが取れ気分の晴れる一方で、カレンダーは日毎に黒ずんでゆく。蓋はもうねばねばと糸を引いている。深更、坊主が門を敲いた。「そろそろ堪忍して戴きとう存じます」と数珠を揉み私を拝んだ。”
“「二十五番」と点呼があって鉄の扉が開く。一夜にひとり、生まれ出ずる御子のため生贄に捧げられる。看守の吐く息が酒臭い。「酔いどれが!」私は烈しく憤った。「我が威厳すらも損ねんとするのか!」だが、看守の顔は寧ろ蒼褪めている様に見えた。「御母は孖を産み生すった…」”
“幼い子どもの写真だった。血と砂と煤に汚れて性別はわからないけれど、刺す様な目で僕を見詰めていた。小さい新聞の切り抜きもあった。どの子どもも草臥れたクマのぬいぐるみを胸に抱いていた。26日も蓋がある。27日のさえ。お正月には新しいカレンダーが届いた。”
ついたちの蛙がカエルのうたを歌い出す
ふつかの蛙が4分の3小節遅れて歌いだす
みっかの蛙はさらに4分の3小節遅れて
複雑に縺れ合い絡み合うカエルの歌は
どう聴いても耳障りな不協和音でしかない
だがしかしとうとう25ひきの輪唱が重なったとき
見事に調律された混沌の向うから
妙なるノエルの歌が浮かび上がる
貴方がうっとりと甘美な旋律に心を委ねたその刹那
ついたちの蛙がくわっと鳴いて息絶えた
イヴまで売れ残ってしまったカレンダー
ハンドベルを手に立ちすさむ天使
廻りには二十四の楽隊の真白な骸
しょんぼり項垂れる頭を撫でてやりながら
清し、と私は歌う
凛凛、と躊躇いがちに応える音の涼やかさに慄き
もうこの夜を歌い継げない
されど星は光り
“「山手線の架線切れた」―チョコをひとつつまむたび、ささやかな試練が彼の行く手を阻む。二十四の会えない日々に募る不安と猜疑心。聖夜、とうとうあたしの戸を叩いた彼の木綿のシャツが返り血に赤い。「大蛇倒してきた」「もう、嘘なら上手に吐きな…」「めりーくりすます!」あたしの唇を塞ぐ彼のキスは何だか腥くて…”
ついたちのふたをあけると「ぴと」と雨だれが聞こえる
ふつかのふたをあけるとまた「ぴと」
みっかのふたをあけるとまた
ふたをあけるたびに雨だれはちいさくなってゆく
さいごのふたをあけるととうとうなにもきこえない
窓のそとはいちめんの銀世界だ!
銀の皿に盛られたお菓子と白磁のポッドに満たされた紅茶には、誰ひとり手を付けない。唯思わせぶりな目配せだけが交わされる温かな沈黙に包まれた交換会は、小一時間が経過して御開きとなる。参会者には、出品者が判らぬ様厳密に包装されたカレンダーが手渡される。皆穏やかな笑顔を浮かべ会場を後にするが、「また来年」とばかりに振りかざされた掌は何故か小刻みに震えていた。
追記:倉田タカシさん が twitterで提唱されたハッシュタグ #いろいろなアドベントカレンダー にちゃっかり便乗して遊んでたものの自作分です。他に参加された皆さんの作品が Togetter に まとめられています。ぜひ御一読下さい。