見出し画像

ストラディバリウスの伝説

音は知らないが名前は聞いたことがあるストラディバリウス

私がかつて、クラシック音楽のマネジャーだったとき、私が関わっていたバイオリニストが世界の名器ストラディバリウスを購入した。そのバイオリンはヨーロッパの、おそらくはイギリスの貴族の納屋から発見されたもので、そのストラディバリウスには、その貴族の名前がニックネームとして冠されている。その縁でもないのだろうが、その後私は音楽の世界を離れたが、何人かの著名なバイオリニストが亡くなった時、その名器の販売を委託されたことがあった。ところがいくら著名なバイオリニストといえども、まず価格が飛びぬけて高額だし、商品価値の核となる音色の評価がデリケートで、簡単に購入の決断できず、実際のところ購入にまでいたることは稀だった。

伝説に包まれた幻のバイオリン

私が名器ストラディバリウスのことを最初に聞かされたのは、ずいぶん昔のことだった。私がその時に聞かされていた伝説のひとつは、ストラディバリウスに使われているニスは、地中海の畔で生育する古代カエデの木の樹脂で、今ではこの古代カエデは絶滅しているので、もはや新しくストラディバリウスのオリジナルの材料を使ったバイオリンは作れない。だから、現存している数百のストラディバリウスが、人類が手にすることができる最後の楽器になる。だから、この残された名器ストラディバリウスを世界中の人が後世に伝えながら、傷まないように丁寧に使うしかないのだということだった。また、ストラディバリウスのもう一つの伝説は、このバイオリンは、子供の練習用のバイオリンとして作られたもので、製作者はその時代では名工ではなく、ただの職人だったといったことだった。その理由としては、この楽器はあまりにも大きな音を出すので、当時の演奏会場の大きさからみて、その楽器は実際の演奏会には不向きなものであったというものだった。

現代の技術でも超えることができない名器のレジェンド

しかし最近、ネットでストラディバリウスのことをチェックしてみると、その後、こうしたストラディバリウスに関する情報もずいぶん変化していて、それはやはり科学的に調査方法が多様化、高度化したことによるものかも知れない。まず古代カエデの樹液のニスということだが、どうも最近の研究では、既存のいくつかのニスを複合して加熱したり、濃縮したものものらしく、二度と手に入らないものということでもないようだ。またストラディバリウスの音色がいかに美しいかという実験も世界各地で盛んに行われているが、どうも意見が分かれているらしい。これもよくある話だが、ブラインドで楽器の銘は言わず、音色だけで音色の良し悪しを聞き分けさせると、世界の巨匠も最近制作されたバイオリンと、本物のストラディバリウスを正しく聞き分けることは難しいというのだ。

このニュースを聞いて私は、やはりその話題が出てくるかと思ったものだ。私はストラディバリウスを弾く世界的なバイオリニストの演奏会にマネージャーとして何度も立ち会ったことがある。そして彼らは一様に、その音色の世界に至高の歓びを見出していた。演奏家としてのレジェンドの演奏を飾るのはやはり音色としてのレジェンドでなければならず、そのためのストラディバリウスなのだ。私はストラディバリウスの音が、実際に世界の頂点にあると評価できる立場にはない。ただ、ストラディバリウスの音色は、演奏者がその目的を果たすためのすべての条件を備えている。そしてその演奏を聴く聴衆にとってもすべてを備えたレジャンドに満ちた瞬間なのだから、もはやいかなる意味でもそれ以上の音色は必要がないということではないだろうか。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?