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やっぱり駄目だと思う

 何の話か。学会発表の話。

 ぼくは博士課程在学期間の8割を兼業しながら行った。また満期退学後も、ほぼ一年間をフルタイム労働に費やしてしまい、研究が微塵も進まない期間があった。結果、研究に割ける時間はあまりなかった。指導教官が退官し、他の大学へ移る際、最後の指導にいたっては3月にお願いするハタ迷惑なことになり、さらに提出した内容は最低だった。後味の悪い幕切れとなった。

 もっとも教授と学生の関係は「指導」という怜悧なところもある。だから猛省のち、新たな指導教官に反省を反映した原稿を提出した。そして半年、またしても労働に追われ、あまり研究できないまま、再度、論文指導の時期となった。

 本来ならば博論の草稿でも出すべき時期にも関わらず、目前の学会発表しか頭になく、これまた複雑怪奇な内容を提出した。指摘を受けて、学会発表に関しては全面的に書き直し、より小さく丁寧な内容に変更した。

 研究の過程で、折しも開始した「賀川豊彦オンライン資料集」により、当該資料が想定していた分量の6倍あることも判明した。一次資料をつぶさに確認しておけば判ることながら、無知と不明を恥じるばかりとなった。しかし、無知と不明こそスタートラインである。いつだって、ここから始めるしかないのだ。

 昨年度末(2021年3月)に博論を提出し、試問を終えた/控えた友人らの話を聞いて、改めて自身の博士論文について考えている。しかし、今日の本題は博論ではない。「学会発表」である。

 先日、所属学会に出た。仕事もあり自分の前2つしか聞けなかったが、色々と考えさせられた。

 最初の発表は、ベルクソン受容史として賀川豊彦に言及するもので、事実として広く知られていることながら、たしかに取り扱いは少ない。したがって、良い指摘だと思った。とくに賀川の「生命」理解と、ベルクソンのエラン/ヴィタールorダムールにどのような違いがあるのか――この問いは精査すべき課題だ。今後、発表者の論文にて深化を拝読したいと心から思った。

 一方、次の発表は、端的によく分からなかった。主張は「賀川豊彦の構想した開かれた宗教性が、第二バチカン公会議において実現している」だった。これ自体、別に構わない。問題は「類似を指摘したに留まる」ことだ。

 少なくとも思想/哲学/神学/文学のマナーで、このテーマを扱う以上、両者の類似点は、文献学的に、かつ歴史的、または思想史的に提示されねばならない。この点、論拠も典拠もまったく示されない発表だったので、よく分からなかった。

 「ユダヤ教がアレクサンドロス大王のインド東征の際、仏教の影響を受け、グノーシス主義が発生し、ユダヤ教とグノーシス主義が結合することで原始キリスト教会が誕生した、これは新約学においては常識である」という主張は、ほとんど根拠がないと思う。無論、ぼくは新約学者ではないから、本当にそうなのかも知れないが、一度も聞いたことのない話だ。物/心の関係理解についての類似の指摘は過去にもあるそうだが、上記のようなダイレクトな関係を指摘する内容ではない。

 これらの主張も文献を示すか、せめて学説なり学派なりを提示すべきである。しかし論拠は提示されず、ただ「似ている」という話だった。本当に「賀川の宗教間対話の姿勢が第二ヴァチカン公会議で実現した」のか。

 第二ヴァチカン公会議で賀川が引用された証拠がある、または参照された直接の発言があるなら、この説も取り扱うに値する。しかし、あまり聞いたことはない。要するに、これも「似ている」だけである。たしかに宗教多元主義ではなく、「徹底的なキリスト教一元論による包摂宗教化」という意味では、現行カトリックと賀川の思想は類似している。こんなことは本文を読めば誰にでも判る。

 もっとも第二ヴァチカン公会議の時点では賀川は死去している。おそらく両者は関係ない。発表者は、ユダヤ教が仏教を摂取したことの証拠として日本語訳の『コヘレトの言葉』冒頭「空の空、すべては空」を引用していた。それを聞いた時点で、あぁ、この発表には誠実さがないのか、と落胆した。「空の空」は日本語訳としては美しい。しかし多分に誤解を含む。そもそも仏教概念としての「空」とユダヤ教における「虚しさ」は随分と違うものである。

 兼業で忙しい中、自分なりに小さいながら誠実な研究をまとめて発表しても、隣の研究者が雑なことしか言わない。学術的なマナーさえ経ていない。

 学会発表でたんなる思いつきを語るのは、やっぱり駄目だと思う。学会参加への意欲が削がれ、バカバカしいと思う体験だった。

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