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毎年、その瞬間が来るまで忘れている。そして思い出す。待降節だ。子どものころ、自分の背丈ほどあるクリスマスツリーを飾りつけるのが好きだった。今でもカラフルな電飾があると目がいってしまう。鉄骨で作られ抽象化された三角なだけのイルミネーションよりも、針葉樹模型に原色ライトのコードを巻き付けたツリーのほうがよい。 12月19日、自身の誕生日を迎えるせいもあり、この季節をソワソワと楽しみに過ごしてしまう少年期だった。誕生日のあとにはクリスマス、一週間後には正月――祝祭に次ぐ祝祭、
何の話か。学会発表の話。 ぼくは博士課程在学期間の8割を兼業しながら行った。また満期退学後も、ほぼ一年間をフルタイム労働に費やしてしまい、研究が微塵も進まない期間があった。結果、研究に割ける時間はあまりなかった。指導教官が退官し、他の大学へ移る際、最後の指導にいたっては3月にお願いするハタ迷惑なことになり、さらに提出した内容は最低だった。後味の悪い幕切れとなった。 もっとも教授と学生の関係は「指導」という怜悧なところもある。だから猛省のち、新たな指導教官に反省を反映