君とみた海

 日々の暮らしの中で、程度の差はあれど意外にもチャンスというのは大なり小なり巡ってくるもので。自分で気づけていないものも合わせると、実は相当な数の打席が回って来ているのかもしれません。
 とはいえ、自分がそれらを生かしきれているのかと問われればそれは別のお話で、あとになってタラレバを繰り返す毎日。「幸運の女神には前髪しかない」なんて言い回しがありますが、他人の前髪にしがみつく勇気がないのでしょうね(と云うか比喩とはいえ、躊躇わずに前髪を掴める人って凄くないですか…?)。女神とすれ違っては、襟足の短いその後ろ姿を目で追うばかりです。

 ふと、思い返して記憶している限りで、不意にした大きめのチャンスに思いを馳せると中学3年まで遡ることになりました。気づけば中学時代がもう十数年以上も前の思い出になってしまっているとは、恐ろしい…。
 中学校での思い出は数あれど、思い当たったのは王道中の王道、修学旅行でした。旅行全体を通しても非常に印象的なエピソードがいくつもある行事でしたが、私の逃したそれは、3泊4日の旅程を締めくくる最終日に訪れたのです。
 最終日はただの移動日であり、フェリーで帰るだけというそれまでの3日間とは打って変わっての凪の日でした。各々がゆっくりと船内で過ごす中、船内の散策を終えた私はデッキへと足を運びました。日によってはイルカが見られるも…なんて触れ込みがあったため、若干の期待を抱きながら表へ出るとクラスメイトの女の子が一人で海を眺めていました。当時、この子に好意を抱いていた私にとってその場はまさに絶好のチャンス。イルカどころではありません。自然体を装いその子の横に並ぶと、なんと彼女の方から私に話しかけてきたのです。「いま私がここから落ちたらどうする?」
今でも何がベストな回答だったのかはわかりませんが、気の利いたことを言えなかったことが心の底から悔やまれます。
 言い訳がましくなりますが、うまく答えられなかったのは、前髪を掴む勇気がなかったのはもちろんのこと、その日の海が信じられないくらいの大時化だったため。イルカどころではありません。時間にして数分の出来事だったでしょうか、私たちは荒天のために船内へと戻ることとなり、その後は特に何もなく旅を終えました。
 ちなみに旅程は大荒れで体調不良者が続出。健常者が小部屋に隔離されるという異常事態となりました。酔い止めをしっかり飲んでいた私は体調の女神の御加護のもと、無事に過ごすことができました…。

 今朝、通勤途中で座り損ねたことを発端として記憶をたどってこんな時間旅行をすることになるとは…巡ってきた打席には、常に全力で振りかぶれるようにいたいですね。


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