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”マスコミ”におけるユーザーファーストとは何か

静岡新聞イノベーションレポートを去年発表した静岡新聞SBSが2021年になり、「静岡新聞SBSはマスコミをやめる。」と題した企業広告を出したことが話題です。

基本的にマスコミは同じものを届けるのがセオリー

このページのURLが/userfirst であることも象徴的である通り、地方新聞社としては異例の「シリコンバレーへの従業員連続派遣」などの取り組みをしてきた静岡新聞SBSは、「ユーザーファーストありきのUI/UXの取り組み」を学び取ろうとしつつも、自らが「新聞」「テレビ」「ラジオ」という、前提として全員に同じものを届ける「マスコミ」であることから、個別のユーザーに対して最適化することと、規模の経済を維持することの矛盾に苦しみ悶えてきた経緯があります。元ラジオマンとして大変よく気持ちはわかります。深夜ラジオなど特定のターゲットに振り切った番組であったり、日曜版のような特殊な紙面であれば個別のユーザーインサイトに基づいた取り組みをすることはできるかもしれないけれども、基本的に、輪転機を回したり、電波を出したりする取り組みは、これまで「最大公約数的なコンテンツを届ける」ことが前提でした。

映像メディアの時代はムラ社会に戻っていく

一方、電子メディアの時代に人々の関心がタコツボ化し、メディア黎明期に生まれたマス消費・均質的な国家経済文化から、ムラ社会に戻っていく、と予言していたのがマクルーハンです。

彼のいう「ホット/クール」はちょっとわかりにくいですが(本人が映画に出てそれをネタに茶化すぐらいに)、期せずして、トランプがアメリカを分断させたように、電子メディアは人々をムラ的に小規模な集合にしていく傾向があります。

そうでなくても、映像メディアだって音声メディアだって文字メディアだって、無限の選択肢がある(多チャンネルとか多メディアとか言っていた時代の比ではない)現在、地方新聞、地方テレビ局、地方ラジオが「マス」だというのは、もはや幻想に過ぎません。

マスコミという幻想を捨てたあと、どうユーザーファーストになるのか

こうした社会の変化に対して、「マスコミ」を自称していた企業たちはどのように変化していくべきなのか。かといって、既存の顧客層を細かくセグメントして、セグメントごとに多様なコンテンツを提供しようにも、それは企業規模として実は耐えられるものではない(地方放送局や地方新聞社がどの程度の人数で作られているのか、知ると驚く人は多いでしょう)。新聞社のサイトに記事レコメンデーションを入れるとか、テレビ局がSVODでおすすめのコンテンツを推すとか、そういう問題ではないのです。そもそも圧倒的に、世界にあふれるコンテンツ量に対して、供給できる弾数が少ない。

そこで今回の静岡新聞SBSの「宣言」ですが、私は「静岡新聞SBSという組織に所属する従業員の多様性を強みにしていく」という宣言であると受け止めました。

会社として「こうする」「このセグメントに特化する」といった、一本足打法はとらない。むしろ正解はわかっていないことを白状している。

一方で、従業員ひとりひとりの「こうしたい」をそのまま全部、1万6000文字の広告として全顧客に公開することで、あらゆる事業の可能性を提示して、全方向に探索していくことを宣言している。これは経営の責任放棄なのではなく、あくまでも、現場の力(これは必ずしも「若い人」を指していない)を信じているからこそできることだと思うし、企業のDXの取り組みの本質であると思います。

企業のDXは「DX推進部」だけのしごとではない

バーティカルに組織を作らず、「探索部隊(0→1)」「立ち上げ部隊(1→10)」「グロース部隊(10→100)」の3つを同時に走らせ続けることが、Transformに必要です。新規事業部、DX推進部なんて名前の組織だけに任せていれば、いつまでも「探索すること」自体が目的になってしまい、手段と目的がどんどん曖昧になっていく。社会の変化の速度に、それではついていけない。

時を同じくして、自工会も似たようなCMを打っています。CM自体は「なんか感動する」「身内向けの応援メッセージ?」という程度の印象しか受けない人も多そうですが、実のところ、このCMには、自工会会長であるトヨタ豊田社長の深刻なメッセージが込められています。

550万人、すなわち日本の労働人口の1/10を背負う自動車業界を代表して、この「カーボンニュートラル、CASEへの対応で日本のお家芸のガソリン車製造産業が下手すると吹き飛ぶ」という危機的状況に、「コロナだからって立ち止まっていると、そのまま全員死ぬぞ」というメッセージに、私には聞こえるのです。同時に、「ご英断」と持ち上げつつ、「そういうのわかってて言ってるよね?」と、菅政権に念を押しているようにも思えます。

ユーザーファーストとは、結局、思い込みを取り除く作業の連続

マスコミ、行政、一般企業、個人に対してAIリスク情報サービスを提供するJX通信社は、FASTALERTを通じて「マスコミを支える影武者」のような存在でもあり、同時に個人向けニュースアプリ「NewsDigest」を運営する、わかりやすいニュースアプリ事業者でもあります。

JX通信社は、「FOCuS」というバリュー(行動指針)を掲げています。

ここで言う、カスタマーファーストとは、メディア企業の最前線で闘う取材記者のみなさんであったり、その記事を読む読者の皆さんであったり、極めて多様です。普通、両方お客様と呼んでいるベンチャー企業っていないと思います。

そんな独特な立ち位置の企業だからこそ、「カスタマーファースト」という言葉の意味を、都度確認しながら、今年は進んでいきたいと思います。マスコミが劇的に変化する今、「マスコミだからこういうサービスがほしいはず」「こういう情報がほしいはず」という前提はもはや成り立っていないかもしれないし、「一般的なニュースアプリユーザーが期待することってこういうことだよね」という前提も、間違っているかもしれない。

私自身、マスコミ出身だからこそ、これからのメディアについて思うところはいろいろとあるのですが、学生の頃勉強したはずのマクルーハンを学びなおしながら、彼が予言した未来に立っている今、何が求められているのか、前提を疑いつつ、進んでいく2021年にしたいと思います。

自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。