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以和為大11月号

「ふるさとは遠きにありて思ふもの。そして悲しくうたふもの。」 望郷の歌として名高い室生犀星のうただ。 それにしても故郷がこれほど遠くなろうとは思ってもみなかったという人が多いのではないか。

福島県に夜ノ森という桜の名所がある。 福島第一原発事故で帰還困難区域に指定された。 震災後に事故前の桜並木の映像を見て知り、「よのもり」 の 響きとその映像が強く心に残っていた。

夏休みに諸事情あって家から遠く離れた新宮で入院していた。緊急入院だったため、 持っていた本は1冊。 池澤夏樹さんの「砂浜に座り込んだ船」。 静かな筆致で紡がれる短編を読み進めていると、見たことのある地名があった。「夜ノ森」だった。 原発事故避難民を主人公にした短編の中でその避難民は地名だけでなく地域紙へのこだわりも見せる。 地名も地域紙もその名を、言葉を、語り、読み、地に根を張る人がいなければ消えてしまうもの。そこでの記憶を持つ人、生きる人がいる証とも言えるのではないか。

夜ノ森は今、最寄りであるJ R夜ノ森駅周辺の避難指示が先行解除されているという。 街には人が戻ってきているだろうか。来春、あの桜を見上げる人が少しでも多くなっていることを願わずにはいられない。

さて、体調が戻ってくると活字に触れたくなって売店に新聞を買いに行った。 すると、「熊野新聞」という新聞があった。 「熊野」。 森のざわめき、木々の香り。草に覆われた斜面に坐すのは逞しい熊。 思えば熊は神の使いだ。 この地方でも目撃されているという。 そんなことに思いを馳せながら「紀南新聞」とともに購入。 まるで地域の住民になったかのように楽しく読んだ。

退院後、その地域に「太平洋新聞」という新聞があると知った。 入院先で耳にしていた優しく大らかな新宮訛りと毎朝窓から眺めていた穏やかで包み込むような太平洋をふるさとのように思い出した。

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