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未来よりも美しい過去/映画『ラ・ジュテ』感想

映画『ラ・ジュテ』を観ました。以下、結末までのネタバレを含みますのでご注意ください。






あらすじ
第三次世界大戦後、核戦争の結果、人々は地下で暮らす。勝利国の科学者は、敗戦国の捕虜を使った怪しげな人体実験を行っていた。その被験者となったものは皆、精神が崩壊するか死ぬかのどちらか。子供のころに見た、あるひとりの女性の姿と、直後にそばにいた男が死ぬという記憶に執拗にとらわれる男が、その被験者に選ばれる。科学者たちは、過去と未来に救済を求めるため、人の記憶を用いたタイムスリップを試みて実験を繰り返していたのだ。男はその女の記憶を頼りに、戦争前の時間に戻っていく。繰り返し出会う中で、現れては消える男を、その女は受け入れてくれる。過去での実験がうまくいったあと、男は未来に意識を飛ばし、未来人に助けを求める。その試みは成功し、未来人は現代人に救いの手を差し伸べる。男は、未来人が未来への永住を勧めるのを振り切って、過去に戻ることを望む。過去に戻った男は、自身がとらわれ続けた記憶の中にたどり着く。女性を見つけ駆け寄るも、暗殺者に殺されてしまう。子供のころに見た、死んだ男は自分自身であった。


たった30分の映画ですが、没頭できる魅力があります。フォトロマンと呼ばれる手法だそうですが、モノクロの写真を連続して映し出し、言葉はナレーションのみ。全くの無駄のなさが美しいと思いました。ずっと静止画だからこそ、一度だけ動画になる部分には引き込まれます。
ストーリーも、あまり詳しくは説明されないためわからないところも多いですが、その設定はとても興味深いです。タイムスリップと言っても、大げさなことはなにも行われません。男はハンモックに寝かされ、アイマスクにコードがついただけの簡素な器具をつけ、注射のようなものを打たれるだけです。それだけで、彼の意識は時間を越えていきます。
この科学者たちは、捕虜が見る夢を監視しているそうです。非常に脳科学が発達した近未来だと考えられます。時間をさかのぼるのは、体ではなく意識です。一人の人間の意識が過去や未来に行くことは、単にその人の脳が見せる夢でしかないように思えます。しかし科学者の計画では、意識が時間を旅することによって、現実に干渉できる=未来人に救済を求め、現代の人類を救うことができるというものでした。つまり、人の記憶や意識の中に数多の時間軸が存在しており、そこに干渉することで現在を変えられるということになります。人の意識の中で起こることが、現実に干渉するということは、意識は個人的なものではなく、共有されているものだということになります。ユングにそんな説があったような気がしますが、とても面白いです。
そこで、記憶力や過去への執着が、タイムスリップ能力の有無に直結するのでしょう。男は科学者に選ばれ、実験に参加することになります。そして、彼は過去へと旅をするたびに、記憶の中の女性に会い、女性も男を受け入れます。しかし彼は科学者の神代実験の被験者という身であり、自由に過去に滞在できるわけではありません。過去での実験が成功したと考えた科学者は、次に男を未来に送ります。未来では速やかに任務を達成した男でしたが、過去への旅では、人類のためのミッションを行おうというそぶりは特段なく、女性とデートしてばかりでした。初めから、具体的な支援を求めるのは未来に対してと決まっていたのであり、過去への旅はその前段階の実験に過ぎなかったのでしょう。初めから未来に行けばいいものを、過去での実験を繰り返したことは、過去と未来とでは性質が異なるということではないでしょうか。男の脳を使った時間旅行であるならば、やはり過去に行く方が容易いように思います。過去で慣らしてから、未来に行こうということかもしれません。
ここを深掘りして見ると、彼の時間旅行は、彼の記憶をなぞったものではありません。それは、この女性の過去を変えているとも言える状況です。それならば、過去を変え、戦争を防ぐとか、人類救済の対策をするとかも、可能でしょう。しかしそれは行われません。
日本語ナレーション版では、過去に戻った男が、眠っている女を見て「時間が彼女に向けて動き出し 女は死んだのだと」説明するシーンがあります。ここが特によくわからなかったのですが、字幕版では男がいない間、女は死んでいるという意味のことを言っていました(すみません。曖昧です)。つまり、過去への旅行は、完全に彼の頭の中で完結した、夢のようなものなのではないかとも考えられます。そうだとすれば、過去を変えることはできないし、救済を求めることもできません。
過去への旅でタイムスリップ能力を鍛えた彼は、未来人に救いを求め、人類を救うことを成功させます。現在から未来には干渉できるということです。いや、それだと、未来人が現在に干渉できるのはおかしくなってしまう……。未来は更に進んでいるので、その方法も確立されているということにしておこうか……。タイムトラベルものの考察は難しいです。

最後に男が過去で殺されたのは、現実で彼が殺されたことが彼の夢である過去に反映されたということかなと思います。計画は成功した後ですし、科学者のサポートなく過去へと逃亡していった彼は、精神を喪失した者と見做されて処分されたのかもしれません。


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