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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(35/60)

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第六章 家出
第五話 アクシデント

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、連続殺人に巻き込まれる、母親の朋子ともこは客間で腹部を刺されて死んでいた。


「あなたは事件当日に居たんですか? 」
 報道規制がされていない、今は素人でもカメラを持って配信できる時代だ、アマチュアなのかフリーなのかは判らないが、配信用カメラを持って数人が近づいた。カメラで顔を映す。
 
「やめて! 」
 敷地内しきちないに踏み込んで来たので警官が止めようと騒ぎになる、押した押さないの問答で記者が私にぶつかる。私は精神的に不安定になっていたのかもしれない。ホテルのロビーの時と同じだった、タガが外れていた。暗い感情は人間に向かう。
 
 ガヤガヤと騒いでいる。気がつくと人の輪が出来ている。

彩音あやね! 」
 正面の家の伊藤愛美いとうあいみが叫ぶ、私は自分の手を見る、真っ赤だ。記者が地面に倒れている。私は彼を殺してしまった? そこに居る全員が、お前が犯人だと見つめる。愛美あいみが、人をかきわけて私を抱きしめる。
 
「逃げて! 」
 手を引っ張られると駅前に走り始めた、思春期の私達は瞬発力しゅうぱつりょくだけは高い、みるみる榊原さかきばらの家を後にする。それでも警官が追いかけてきた。
 
「先に行って! 」

 愛美あいみが元いた場所に走り去る、私を逃がすためだ。本能なのかもしれない、私はひたすら逃げる、何も考えられない。公園まで来て息が上がる。よろよろと公園のベンチに座る。よく考えると正当防衛だった、逃げる必要は無いかもしれない。ぼんやりとしていると、浮浪者の三杉良太みすぎりょうたが、憔悴しょうすいした表情で立っていた。彼は泣いている。
 
まもるが連れて行かれた……」

 吉田守よしだまもるが、事件当日に玄関で見た事や祖母の八代やよとの事実を昨夜のホテルで刑事に話している。彼は参考人として警察署に留置こうりゅうされていた。微罪でも長期拘留ちょうきこうりゅうされる、空き缶拾いも微罪だ、それを理由に自白を取りたいのかもしれない。だが吉田が祖母や長男を殺す理由がない。私は泣いている彼の背中を優しくなでる。
 
「ねえ、どこか泊まる所はない? 」

 私はなぜ彼に頼るのか、自分でも判らなかった。刑事に相談してもいいし、家に戻っても良かった。でも泣いている三杉良太みすぎりょうたを信頼していた。この不思議な感覚は今でも判らない。


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