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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(19/60)

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第四章 私の病気
第一話 やさしいお医者様

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、、第二の殺人が発生する事で疑われる。


「薬は毎日飲んでいるかい? 」
 主治医の斎藤輝政さいとうてるまさが私のカルテを見ている。医者として経験も積んで既に貫禄を感じる、会話しているだけで安心する。肉親のような、恋人のような感じもある。もちろん斎藤先生は、そんな事は一切考えていないと思う。彼から見れば私は子供だ。

「それで家を出たいんだね? 」
「はい……殺人犯が怖いです」

 斎藤さいとう先生は、難しそうな顔をして警察と連携れんけいする事を約束してくれた。先生は帰りぎわに私の指先を軽く握る、大丈夫、たった一言なのに、私は何も心配する事が無いと確信する。やさしい斎藤さいとう先生が大好き。私を守ってくれる男性。彼はまだ独身だ、私が成人して、美しくよそえばもしかしたらプロポーズできるかもしれない。

 そんな子供じみた妄想で自分を慰める。長女の佳奈子かなこのような美しさなら、私は堂々と愛していると言えるのかな? と疑問もある。医者からすれば、恋愛感情を持つ患者は一杯いると思う。わざわざ私のような精神を病んでいる女を選ぶとは思えない。

彩音あやねさん、これから話を聞きたいの、ごめんなさい」
 病院を出ると殺人課の加藤翔子かとうしょうこが待っていた。事件当日は、私は重いハンマーを握ったまま動けなかった。警察官が到着しても私は返事も出来ない。精神状態を考慮こうりょして医者に診断させてから事情聴取じじょうちょうしゅが始まる。

 私は先生と面会した事で精神はとても安定している。心配なのは犯人の事だけだ。あの時に祖母の行方を捜して道路を見たが左右に人影は無かった。もちろん電柱に隠れていた可能性もある。八代やよを殺してからすぐ逃げたとしたら、二階の風呂掃除している最中しかない。

 もし犯人が長女の佳奈子かなこならば、時間的な余裕はある。日本では近親殺人が多いらしい。でも動機がない、祖母を殺すくらいに恨んでいた? 身内の闇は他人には判らないが、佳奈子かなこが祖母の八代やよと喧嘩している場面を見た事がない。私がうつむいて加藤刑事と歩いていると、静かに「怖い? 」と聞いてくる。

 確かに怖いがどこか自分は無関係に思える。犯人が一家を恨んで殺しているなら、私は部外者ぶがいしゃだ。そんな変な安心感がある。自分には関係がない、私は殺されない。

「怖いです、でも薬で安定しています」
 これは事実だ、精神安定剤で私は気がゆるんでいた。犯人の顔を見れば殺されるかもしれない、でも私は今は死ぬ事を恐れて無かった。親に見捨てられた私が幸せな人生を歩めるとは思っていなかった。


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