天狗(03/15) 【幸蔵の旅】
あらすじ:山賊たちから娘を助けだして逃げるが、また捕まる。
「私は死んでもかまいません、この子を助けてください」
幸蔵が殺されそうになり、娘は山賊たちに懇願する。娘を見る山賊たちは、馬鹿にしたように大笑いをする。
「ははははっ お前たちは単なる犬畜生だ! 」
「やめろ! 」
娘を蹴り始める山賊たちに幸蔵は力を振り絞り立ち上がろうとした。必死の形相に、山賊たちも恐怖を感じる。山賊はすぐに殺そうと鉈を取り出す。
「ふむふむ、余興にしては、殺伐としているな」
頭上から声がするが姿は見えない。森を見上げている山賊たちの真ん中に、背の高い男が地上に降りてきた。背中に羽がある男は、一本歯の下駄をはいている。顔は見ると普通の男だ、端正な顔は貴族のようにも見える。
山賊は無言で斬りかかる。下駄の男は、飛び上がるとくるりと宙を回る。手には大きな羽団扇を持っていた。それをふるように山賊に向けると、山賊の顔の皮膚がむける。山賊たちは絶叫をあげながら地面でのたうち回った。
「天狗の羽団扇は、やわらかく扇っても痛いからな」
大口で開けて笑う男の顔が、みるみると変貌すると巨大な目と鼻が棒のように長くのびて天狗に変わる。真っ赤な顔は恐ろしい。
「大丈夫?」
娘は幸蔵を助けに走ると抱き上げる、娘の顔は殴られたのか頬に青あざができている。幸蔵は自分が何もできない悔しさで泣いた。
「おい娘、名前は何と言う? 」
「私は京の商人の娘、井沢静と申します」
「良い名前だ、小僧の名前は? 」
「幸蔵」
幸蔵は自分を助けてくれた天狗に感謝はするが、信用をしていなかった。元から天狗は人と違う生き物だ。天狗への畏怖と恐怖は根強い。そんな幸蔵を天狗は笑って見ている。一方で山賊たちはあまりの痛みで動けないのか地面で転がってじっとしていた。山賊の顔は面の皮どころか肉まで削いでいた、頭蓋骨がむき出しだ。
「助けて……くれ……」
唇もないむき出しの歯で、声を漏らす。
「天狗様、どうか山賊を助けてください」
驚いたことに静は、自分たちを捕らえた山賊の救命もする。天狗は、にやりと笑うと条件をつけた。
「わしの身の回りの世話をしろ」
静は黙ってうなずく。幸蔵は静を、かばうように自分も仕事をすると天狗に直談判をする。天狗は懐から貝を取り出して見せた。ぬり薬が入った二枚貝を山賊の寝てる場所に投げる。
「その薬を塗れば、数日で肉ができるぞ、太陽で乾かせ」
そう言うと、幸蔵と静を両脇に抱えて飛び上がる。ぐんぐんと空に昇る先には、大樹が見えた。遙か遠くの樹木は、どんな山よりも数倍は高く感じる。
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