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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(44/60)

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第八章 主治医
第二話 閉鎖病棟

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、連続殺人に巻き込まれる、黒い家と噂される榊原家は父親と長女以外は殺された。彩音あやねは家から逃げ出すと浮浪者の吉田守よしだまもるを殺してしまう。


「カナブンは危険なのよ」

 同室のおばあちゃんが奇妙な甲高い声で叫ぶ。閉鎖病棟でも症状は様々で、トラブルにならない限りは四人部屋がある。彼女は子供返りなのか幼女のように振る舞う。彼女の世界では幼い子供のままの自分がいるから、言動も子供のように演技をする。演技というと間違っているのかもしれない、自分のイメージに合わせて自分を制御しているに近い。
 
彩音あやねは、彼氏とか居るのか? 」

 男性患者もいるし、若い彼から声をかけられる。年齢が近いせいかナンパされる事も多いが、厳しい規則の中で羽目を外すことはできない。

 病室にも限りはあるので男女が交ざって生活している。濃密な空間になりやすいが他人に興味がない人も多い。精神失調で苦しんでいる彼や彼女らは他人への配慮する余裕もない。
 
「ごめんなさい、そろそろ退院だから……」

 そんな言いわけをしながら、退院後に主治医の斎藤と会うのを楽しみにしていた。彼からすれば私は子供だ、幼い頃から私を見てきた斉藤は私に恋愛感情は無いと思う。私が好きだと告白をしても、精神的に問題のある私を受け入れてくれないと判っていた。
 
「そっか、俺も退院したら恋人になってもいいぜ」

 上から目線の彼は自信ありげに女性に声をかけまくっている。こんな人の方が結婚しやすいのは判る。彼は自分の人生に正直なだけだ、恋人を作り子供を作り仕事を持ち……、彼がそうなれるように祈りたいくらい。

櫻井さくらいさん、退院手続きができたわ」

 看護師がサインを求めている、私は手早く手荷物をまとめると閉鎖病棟から出て行く。背後から視線を感じる、自由になる自分への羨望せんぼうと憎しみ。

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「夕方までに送ると連絡をしたよ」
「ありがとうございます」

 主治医が運転する車に乗ると郊外へ向かう。そこにも閉鎖病棟を持つ治療所がある、一時期はそこで私も暮らしていた、小学校の時にクラスメイトに過剰な暴力をふるったせいだ。そこの病院にあるレストランで食事をしてから榊原さかきばら家に戻る予定だ。
 
「君の資料がまだそこにあるんだ、複写して持ち帰る」
「私はまだ……病気なんですか?」

 主治医の斎藤は、少し黙る。

「人間の人格は謎が多い、いやまったく判らないと言った方が早い」

 私は病気ではない、と何回も主治医は明言してきた。ただ人格と記憶が連動していない可能性がある。なにかしらのブロックで記憶が戻らない。封印している理由がわかれば、対応方法が判るかもしれない。
 
「ブロックを解除すれば、記憶の一貫性が保てると思うし、記憶の欠落が無くなれば自分の行動を反省できる」


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