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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(16/60)

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第三章 近所づきあい
第四話 八代の過去

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、長男が死んだ事で榊原さかきばら家から逃げたいと考える。


「おばあさん、落ち着いて、それを渡して」
 警察官がじりじりと近寄るが老婆の八代やよは、布団叩きを振り回す。たまに警官の腕に当たるが、さすがに公務執行妨害で八十を超えた老婆を制圧できない。そんな事をすれば死んでしまう。

「お母さん、何しているの! 」
 主婦の朋子ともこが買い物袋を持って走り寄る。どうやらいつもの買い物で家を空けていた。娘の朋子ともこを確認すると、八代やよは腕をだらりと垂らして静かになる。

「やっと帰ってきたのかい、家に泥棒が入ったよ……」
 ぐらりと体がゆれると座り込む、あわてて警官が彼女の体を支える。近所の住人は八代やよを、まるで猛獣を見るように恐れていた。

「まったく恥ずかしいったら……」
 榊原昭彦さかきばらあきひこが帰ってくると朋子ともこが夕飯の席でグチをこぼす。八代やよは一階の畳敷きの自室で寝かされていた。今はエネルギーが切れたように熟睡している。

「なんで騒いでいたのかね?」
「あの、私が玄関のドアを開けると棒を振り回していて、追いかけられて……」
 昭彦あきひこに説明している横で妻の朋子ともこが私に怒りの目を向ける。

「なんで今日は遅かったの?」
 説明をさえぎると私が悪いとばかりにネチネチと小言を言い出す。普段の食器の洗い方や掃除の仕方、金づかいが荒いし、可愛くない。いつ止まるのかすら判らない。ここぞとばかりに私の失敗した事を洗い出す。

「ああ、もういいよ、いつものアレだろ? 」
「判ってますよ」
 夫婦には通じているようだが、私にはまったく理解できない。

「あの、アレってなんですか?」
 朋子ともこは、ゴキブリを見るような目で私をにらむ。昭彦あきひこが笑いながら説明する。八代やよは、金貸しの妻だった頃に、だいぶ客を痛めつけていた。金を返せない客を木の杖で叩いた。傷害事件になると思うが、弱みがあるので客は訴えなかった。そんな事が何回も続けば人間性もゆがむ。近所の地上げの時も保証人を木の杖で脅していた。

「昔だからね、無茶したと聞いたよ」
 近隣の人たちは状況を覚えている。精神の弱い人間は、八代やよを見ただけで恐怖で体が動かない。私も同じだ、鬼のような顔を見るだけで震え上がる。いかに八代やよが嫌われていたか再確認できた。


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