SS 心お弁当 #毎週ショートショートnoteの応募用
「いってくる」
「お気をつけて」
妻のお里は無表情で俺の顔を見ている。浪人の俺が決闘するために家を出る。裏長屋からゆっくりと木戸を通ると、木戸番がぎょっとして顔をしかめた。悪相に見えたのだろう。
「妻を殿に差し出せば良い、主君への忠義は無いのか? 」
俺には不釣り合いな美貌を持つ妻が居る。上役は妻を殿に差し出せと迫る。なに自分の出世が目的だ、抱かせて点数を稼ぎたい。
「ついてくるか?」
お里に事情を話すと自分はかまわないと答えた。しかし俺は……我慢ができなかった。出奔する、国から逃げ出した。幸いなことに親戚は俺を逃がすことに熱心だった、殿の好色を批判していた。
「腹が減ったな……」
死を覚悟している、追手は免許皆伝の猛者を寄こす、生き残れない。最後の中食でも食べるかと人気のない神社に入り、大樹の近くに陣取ると、お里が手渡してくれた弁当を広げた。
「うまそうじゃな、弁当か?」
「おぬしは?」
小汚い童がいる、腹を空かせているようだ。乞食に愛妻の弁当をやるのも業腹だ、それでも死ぬ俺よりも、明日も生きるであろう子供にくれてやる事にした。
「うまいうまい、愛がある、心お弁当じゃな」
変な言い回しで平らげると、俺の顔を見てニヤリと笑う。
「お前は、生き残る」
童は霞のように消えた。
狐狸の類と疑うが、いまさら化かされても痛くもかゆくもない。俺は決闘に指定された場所へ向かう。
「逃げずに来たか! 上意」
上意討ちだ、俺は罪人として殺される、無抵抗で死ぬのも嫌なので、太刀を抜く。俺は妻への別れを口にした。
「あの世で」
「いえ、この世で」
お里が叫ぶと追手に向かって走る。俺が中食で神社に寄っている間に支度をして追いついていた。お里は、手に持った棒手裏剣を、まばたきする間に三本は投げる。顔に集中的に刺さると追手の侍は激痛で叫ぶ。
「今です!」
俺は合図ともに体が動く。追手の眉間に太刀を食いこませる。鮮血で真っ赤に染まりながら、追手は死んだ。
「どうしてお前が……」
「私も自害しようと支度をしていると、子供が居てあなたを助けろと…これは、神仏の命と感じて走ってきました」
汗をぬぐいながら上気した顔で妻は俺を見る。俺は心があたたまる、妻を抱きしめながら、また弁当を食べたいと願った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?