死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(33/60)
第六章 家出
第三話 変わる人格
あらすじ
児童養護施設から親戚に引き取られた櫻井彩音は、連続殺人に巻き込まれる、母親の朋子は客間で腹部を刺されて死んでいた。
「帰ろう」
榊原昭彦は、それだけつぶやくと私に片手を差し出す。まるで小さな子を迎えに来た父親のようだ。だが眼が真剣過ぎて怖い。
「あの……今日はホテルで泊まる事になってます」
「佳奈子は君が、好きなんだよ」
昭彦は、普通の状態には思えない。それは当たり前かもしれない、家族が死んでいる。異常な状態なのは理解できる。
「け……刑事さんも居ます、平気です」
「警察なんて意味が無い! 」
怒号がビジネスホテルのロビーに響き渡る。私は反射的に体を硬くする、そしてゆっくりと黒い感情がわきあがる。これは嫌悪感だ、成人した男性に感じる強い怒り。過呼吸のように息が上がる、心拍数も増えた、怒りのボルテージが上がると目の前の男が敵に感じる……
「彩音さん、大丈夫? 」
ぐいっと左腕がつかまれて引っ張られる。私は気がつくと右腕を振り上げていた。加藤翔子刑事が私の腕をつかんだままで、榊原昭彦に何かを言っている。
「あの……大丈夫です」
「記憶が無いの? 」
興奮をすると脳が活性化して、自分とは違う誰かに体を渡している感覚がある、記憶が飛んで私じゃない誰かが行動をしている。多重人格も疑われたが、明確な証拠は何もない、主治医の斎藤輝政も、多重人格からの人格交代は無いと断言してくれた。
「君の場合は、新しく人格が生まれて支配されている可能性も……別人格の憑依にも見える」
斎藤輝政は眉をひそめながら教えてくれた。難しい話は判らないが、人間の意識として認識されている人格はまやかしで、常に人格が生成と消滅を繰り返している。人の心が変化するのは、その生成と消滅のせいだ。新しい人格に入れ替わる事で、考え方も行動も変化する。まだ仮説でしかない。
「私は、もう寝ます……」
その日はビジネスホテルで休み、登校はやめる事にする。長男の死亡原因は伏せられていた、窒息死ならば家族の誰かが関係しているかもしれない。慎重に捜査中だったが、連続殺人が起きる。
祖母は事故か他殺の判断が出来なかった。重い鉄のハンマーが振りおろされたのか、転んでハンマーに頭をぶつけたのか判らない。でも母親の刺殺は、強い殺意が無ければ成立しない。自分で腹を刺すのは難しい。パンドラの箱を空けたように、榊原家のスキャンダルが暴かれはじめた。
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