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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(51/60)

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第九章 悲しみの父
第三話 過去の自分

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、連続殺人に巻き込まれる、黒い家と噂される榊原家の長女の佳奈子かなこが刺される。


彩音あやねちゃん、遊ぼう」
 事件が起きるまでは普通の子供だったと思う。いつからだろうか? 体がこわばるようになる。絵を描くようになったのは、その時だと思う。
 
「また変な絵を描いている」

 クラスメイトが私の絵を見ている、池の絵から手や足が出ている。まるで池から誰かが出てくるような変な絵は、他の子供が興味を持つのは当たり前だった。
 
「見せて」
「なにこれ?」

 幼い子供達は、私の絵を奪い取るように取り上げた。それは私じゃない誰かだと思う、池の中から出てきた人格は私を押しのけるように意識を入れ替える。原始的で自己防衛本能のあるソイツは、自分を守る為ならどんな事でも出来た。
 
 私は椅子から立ち上がると同時に、その娘のほっぺを両手の指で引っ張る。強い力と恐怖で相手の子供は動けない。少しだけ開いている口に親指を入れると、思いっきり引き延ばした。柔軟性のある口は容赦なく横に伸びる。彼女が奇怪な声で泣き始めても私はやめなかった。
 
 私の痛みよりもずっと楽だと思う。
 
 体を引き裂かれる痛み、泣いても許してくれなかった。私は自分の痛みをクラスメイトに与えようとしていた。周囲に大人達が来なければ、口は裂けていたかもしれない。実際に口の両端は少しだけ切れて血が出ていた。

 あの人格はすぐに消えてしまう。私を守る為だけに生まれた意識は霧散むさんして居なくなる。小さな子供の事件は重要視されないで、私は精神科の医者からカウンセリングを受ける。薬を貰い安定した。
 
 その当時から母と父は喧嘩をしていた。私はこうなったのは父のせいだと母が責める毎日で、父親はうなだれるばかりで黙っているかと思うと母に手を出すときもある。私は無感動に見ているだけだ。
 
 何度か家族でドライブに行くこともある。ダムでせき止められた湖は美しく心が安らぐ、お医者様に通院する時が楽しみだった。催眠術は、とても疲労するが、私は主治医の斎藤輝政さいとうてるまさなついでいた。彼と幸せな家庭を持てたらどんなに楽しいのか夢想する。夢見がちな少女の妄想でしかない。先生が好になる患者はいくらでもいるだろう、自分だけが特別な存在になると思っていなかった。
 
 どこかで誰かが泣いている。私は夢から覚めるように地下室の天井を見つめる。


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