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記す、雨

駅から家まで傘を差して歩いた。だから昨日は雨が降っていた。記憶は断片的だ。

駅に近づく電車が速度を緩めた時に、最後尾車輌から降りるホームには屋根がなく、雨に濡れてしまうことを思い出したぼくは、シートから立ち上がり前方車両に向かって歩き出した。

最後尾車輌では左右に数人が分かれてシートに座り皆スマホを眺めている。前方に向かって歩いて行くと、足を組んで座る人はシートに座り直して通り道を開けてくれた。

10両編成の8両目の一番前に辿り着いたタイミイングで停車した電車から駅のホームに降りると屋根がある場所まで届かず、3歩分ほど雨に濡れたがすぐに乾いた。

駅のホームを前方の改札に向かって歩きながら、たすき掛けした紺色の鞄の中から折畳傘を取り出す。収納袋から出した折畳傘の柄を伸ばして、留めてあったホックを外して骨組みをパチパチと伸ばす。柄の部分に収納袋を結んで、傘全体を右手でつかんで改札に向かう。

改札の向こう側では黒いTシャツに青い前掛けをした居酒屋の店員風の男が宣伝用のティッシュを両手に持って改札から出てくる人に渡している。

ICカードを改札機にタッチして「ピッ」という音を聞いて改札を出たぼくは居酒屋の店員風の男に気付かれないように、傘を差して駅のロータリーに向かう。

逃げるようにして歩いて行くぼくに気付いた居酒屋の店員風の男は大股で近づいてきて、右手に持ったティッシュを差し出す。

傘に当たる雨の音が聞こえた。

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