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ポイント A

 ポイントってあるじゃないですか。なにかある出来事があって、あぁここがポイントだったってことが。みなさん、ないですか、いま思い返してみて、あぁ、あそこがポイントだったなってこと。私にもあるんですよ、あるポイントが。それは何でもない出来事で、いや・・・よくよく考えると、何でもないわけではないんですが、それはちょっとした出来事なんですよ。今ってもういろんなことを忘れているじゃないですか、歳をとって記憶のほとんどがもうなくなってしまっている。でも、どうしてもその記憶が鮮明に残っていて。鮮明にっていうのもちょっと適当な言葉じゃないんですが、残っているんですよ。そして、ちょっとしたタイミングでそのことを思い出して、味わってしまって、なぜそのことを思い出したのかわからなくなってしまうくらいに味わってしまって。それってなんなんですかね。それで、私がポイントだって認識している瞬間のことをこれからお話ししますね。

 あれは中学2年生のことだったと記憶しています。隣にキヨちゃんとセイジがいたので。小柄で男前のキヨちゃんはサッカー部に所属していて、いつも私と一緒に校内を歩いていた記憶があります。坊主頭にメガネをかけたお調子者のセイジはテニス部に所属していて、その時たまたま一緒にいたのだと思います。冷水機ってあるじゃないですか。体育館と校舎をつなぐ吹きさらしの廊下のような場所に。足元のペダルを踏むと冷たい水がぴゅーっと出るやつです。お昼の休憩時間だったと思うんですが、冷水機の水を飲みたくて、その3人で急いで冷水機に向かったような気がします。

 みなさん、よろしいですか。このまましゃべり続けても大丈夫ですか。

 それでね、確かその日は朝から雨が降っていたんです。お昼頃にはやみましたがね。その冷水機のある場所から運動場に続く道がありましてね、私とキヨちゃんとセイジの3人でその運動場まで続く道に上履きのまま出たんですよ。舗装されていない土の道だったので、3人の靴底がどろどろになりましてね、空にはまだ雨雲が残っていて、青空が遠くにみえて、まだ少し雨がさぁーっと降っているような感じで、陽の光がキラキラしていて。

 それで水溜まりができているじゃないですか、雨が降った後だから。運動場に続く道っていっても、さっき申し上げたとおり舗装されているわけじゃなくて、土の感じがでこぼこで、ところどころに水溜まりができていて。そこを通って運動場に行くために、とても長い すのこ 、あぁ すのこ ってわかりますか。 すのこ って細長い板を一定の間隔で角材の上に打ち付けたものなんですけど、その すのこ のようなものが運動場に向かう道の所々に置いてありましてね。私ね、その時何にも考えずに、その長い、感覚的には10メートルほどある すのこ なんですけど、まぁそんなに長くはないと思いますよ実際は、その感覚的には10メートルの すのこ の端っこに思いっきり飛び乗ったんですよ。そうすると、その すのこ に飛び乗った力が梃子の原理か何かで順々に向こうの端っこに向かってぐわんぐわんと伝わっていって、端っこがブワッと浮かび上がったんですよ。でね、ここからなんですが、本当に運の悪いことにそこにもう学校内でも凶悪なとても悪いグループの、いわゆる不良グループが、ほんとうにたまたま集団で歩いていて、その一番先頭で歩いていた、相当悪い奴の足下にあったのが、そのぐわんぐわんと力が伝わった先の すのこ の端っこだったわけです。

 それで、ブワッと浮いた すのこ の端に、見事に一番先頭の相当悪い奴がひっかかって、どっと前のめりになってしまって。たぶんこけるまではいかなかったと思うのですが、私その時のことをスローモーションで記憶していましてね、雨が降った後なのに、土煙が上がったような気がしたんです。ふわぁっとね。それでやばいことになったという気持ちと同時にその前のめりになった相当悪い奴の驚いた感じが妙に面白く思ってしまって、だって すのこ の端を踏んで10メートル先の向こう側の端っこがブワッと持ち上がって、それにつまずく不良ですよ。一瞬やばいなって思っても、そのやばさも相まって笑ってしまいませんかね。たぶん私、その笑いが抑えきれずにクックックッって笑ってしまったんですよ。そうすると、その相当悪い奴の横で歩いていた、チンピラみたいな奴がいて、そいつ身体の線が細くて、標準服の真っ直ぐなズボン履いてて、頭だけリーゼントで、まぁ弱っちい感じなんですが、そいつが「てぇめぇー」って叫びながら私の方に走ってくるんですよ。私、その時点で何が起きるか想像できたんですが、身体って動かないんですよね。あぁたぶん殴られる、って思って、その弱っちいやつの握りこぶしが左のほっぺためがけて飛んでくるのも見えて、ほっぺたに当たった「パチーン」という乾いた音も聞こえて。そいつたぶんケンカとか強くなくて、きっと弱いやつだと思うんですけど「パチーン」という音とともに、私、スーッと吹っ飛んじゃったんですね。それで、キヨちゃんとセイジが「大丈夫か?」って寄ってきてくれて、そのチンピラが倒れる私の横に立ってて。不良グループが追いついてやってきて、一番先頭の相当悪い奴がチンピラの隣で「もういいからやめとけ」って言って。「いや、こいつが、なんかヘラヘラ笑ってるから」とかチンピラが言ってて。

 ここがポイント A なんです。覚えておいてくださいね。

 それで立ち上がって「すみませんでした」って、私一応その一番先頭の悪い奴に謝って、でも心の中では、わるいことしたのかなって思ってまして、だって すのこ の端を踏んでぐわんぐわんと力が伝わって反対側の すのこ の端がブワッと浮いたのって、仕方ないじゃないですか。まぁその後キヨちゃんとセイジに連れられて教室に戻ったんですけど、それから後のことはあまり覚えてなくて、弱いやつのパンチだって言いましたけど、やっぱり殴られたわけだから、ほっぺたがじんじんして、なんだか格好悪いから顔を隠して、その後の授業はずっと寝たふりしてたんです。

 でね、そのポイント A に戻るんですけど、ほんとに戻ってくださいね。

 私ね、そのとき、バチンと何かが切れましてね、起きあがって、そのチンピラの顎に向かって頭突きしたんですよ。頭の中で「ガツン」って音がしましてね、私もクラクラってしたんですが、もうその後は爆発ですよ。周りが全くみえずで、思いっきりそいつを殴っていましてね、右手のこぶしがそいつの歯にめりこんで血だらけになるし、たぶん頭突きした時に割れた頭から血が流れてましてね。その不良グループも面白がって周囲に広がって円ができちゃって。そこでなんか決闘みたいになっちゃったんですよ。

 まぁキヨちゃんとセイジが先生を呼んできてくれて、一応その場はおさまったんですが、もうその後は職員室でめちゃくちゃ怒られましてね。なんで怒られたのかいまだによくわかっていなんですが、相手のチンピラの歯が折れてしまって、私も頭を切って何針か縫いましたし。ほんとうに散々だったんですよ。

 ちゃんと録音回ってますか。録れてますかね。これちゃんと残して置きたいんですよ。私の人生に置いての大切なポイントの話ですから。お願いしますよ。また後で聴き直しますから、いまはそのままにしておいてくださいね。

【文章筋トレ(過去作品)10分+10分+30分 修正済】


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