何かを手放すタイミング
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何かを手放すタイミング

烏龍茶のパックを耐熱ポットに入れて湯を注ぐ。ダイニングの椅子に座ってテーブルの上の耐熱ポットを眺める。

じわじわと烏龍茶が抽出されてポットのなかが混沌としてくる。ポットを揺らして烏龍茶の濃さを一定にする。

出来上がった烏龍茶をポットからグラスに注ぎ、一口飲んで濃さを確かめる。温かいグラスを持って椅子から立ち上がり、自室に向かう。

スタンディングデスクのライトを点けて、部屋の灯りを落とす。デスク上の革コースターに温かいグラスを置く。スタンディングデスクにもたれかかるようにしてPCの画面を眺める。

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20201104 wed
何か学びたいことがあるか。中動態、生権力、生政治、監視社会、管理社会。現状と今後の状況。何が良い社会なのか。思想、哲学、ゲンロン。どのような社会になっていくのか。そのなかでどのようにして生きるのか。

まるネコ堂ゼミで読んだ「中動態の世界」という本で中動態という概念を知った。能動と受動の対立である「する」と「される」の世界では捉えきれないことがある。能動と受動の対立以前は、能動と中動が対立していたとか。能動と中動の対立は行為に対して「外」か「内」かの世界だという。「中動」は自を座として(内側で)行為が完結し、「能動」は自を座とせず(外側で)行為が完結する。これからの世の中を考えていく上で、中動態は有効な概念になると思う。

20201105 thu
マスクをしたままFace ID不認証→パスワード入力の煩わしさに耐えられなくなり、iPhoneXから指紋認証機能搭載のiPhoneSEに機種変更した。店員曰く機能的にはダウングレードになるらしい。ホームボタンを押すだけで指紋認証されてロック解除されるのは快適だ。

世間は「iPhone12」だと騒いでいるのに(それほどでもないか)、ぼくは「iPhoneSE」にたどり着いた。もともと「iPhone7」を使っていたが、とある事情で「iPhoneX」に機種変更した。この時点で指紋認証からFace IDになったのだが、とても使い辛かった。夜に目が覚めてiPhoneXを立ち上げようとすると、暗い部屋で顔認証ができず、パスワードも間違えて(これはぼくのせい)、何度目かの入力でようやく画面が立ち上がる。重なるストレスの蓄積。指紋認証は暗闇でも快適だし、なにより普段マスクをしていてもすぐに立ち上がる。重なるストレスの解放。

20201106 fri
昨日の朝は20分くらいタイピングした。それなりの内容だったと思う。少しだけ読み返してみた。満たされない思いが書いてある。削除。デリート。満たされないことがわかる状況で、何かを求めるのは辛いことだ。ただ、何かを求めることができる状況というのは、それなりに幸せなのかもしれない。

よくあることだ。吐き出すように書いて、読み返して削除する。繰り返される言葉と消えてしまう内容。でもおそらく、またどこかで書いてしまう傾向。奥底にある感情は、蠢いてまた言葉になろうとする。いつかまたタイピングを通して出現しようとする何か。

保存された下書きは他にもあって、手が付けられなくなった文章や、時が過ぎて記事にすることができなくなった文章もある。言葉は大切に扱いたいが、保存した下書きは記事に埋もれていく。埋もれる前に救い出した下書きを元にして、今日は何かを書くことができた。下書きの言葉をタイピングして手放す。


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