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センチメンタル・ガス

ピー
ピー
ピー
ピー

ZOOM会議中、聞いたこともない電子音が大音量で鳴りだした。

やけに近くで鳴っている。
この家の中だ。
一度断って席を外し、音のするほうへ。

キッチンのガス警報器だった。
間近で聞くと耳をつんざくようだ。
あたりにガスの臭いはない。
とりあえず警報機を黙らせたくてプラグを引っこ抜き(後で調べたらこれは良くなかったらしい)、会議に戻った。

1時間後。
会議を終え、窓を開けて、またキッチンへ。
あらためて見たガス警報器には「交換期限 2014年」と書かれている。それはそれとしてプラグを差した。換気のおかげか、警報は鳴らない。

その代わり、すぐそばでシュワシュワと小さな音がするのに気づいた。
ガス漏れの音だろうか?
耳をそばだてながら、音が大きく聞こえる場所を探す。腰よりも低いところから聞こえてくる。

音の出どころは、袋に放り込まれた「ケープ(無香料)」だった。

缶の底の方からシュワシュワと音を立てながら、液体が漏れ出ている。
なるほど、ここから漏れたガスに反応していたのか。
警報器は「交換期限 2014年」だから誤作動の可能性もあるけれど。

ケープに問題があるわけではない。
買ったのはたしか大学時代、平成18年とかそんな頃だ。時の首相は小泉純一郎氏。郵政が民営化し、悠仁親王が誕生し、イナバウアーが流行語大賞に選ばれた。
あれから幾年、いいかげん中身を抜いて捨てようと思いつつ放置し続けていたら、令和3年にとうとう漏れ出した。よく持ちこたえたと感心する。

袋にはほかにも中身の残ったスプレー缶が3本ばかり、どれも似たような時期に買ったもの。この際なのでまとめて中身を抜くことにした。

洗面台に古新聞を敷いて、ぷしゅー。
出るわ出るわ。
いつまで出るんだ。
当時の私は何をそんなに固めたかったんだ。

缶の一つに、SALAのデオドラントスプレーがあった。
噴射したとたん、例の「清楚でやさしいサラの香り」に面食らった。

香りの記憶は強烈だ。
シャンプーもヘアコロンもSALAで揃えていた大学時代が蘇る。
延々とSALAのCMが流れているドラッグストアが、バイト先のそばにあったっけ。
そのバイト先の男の子から「aikoとか聴いてそう」と言われて恋に落ち、バイト代でaikoのアルバムを買い込んで聴き始めた。
SALAの香りをまとったaikoとか聴いてそうな女子大生が、ヘアスプレーの液漏れでガス警報器を鳴らすいい大人になるのだから、人生には味がある。

無香料のケープと「清楚でやさしいサラの香り」をたっぷり吸った古新聞。ゴミ袋に入れる前に、乾燥させたほうが良さそうだな。バスルームに放り込んで、仕事に戻った。

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