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プロ野球の球団がファームの観戦環境に力を入れる理由

 かつてのプロ野球(NPB)は球場へ足を運んだ時、試合の観戦以外の楽しみがあまりなく、野球が好きな人以外が楽しめる環境ではありませんでした。応援するチームが優勝争いをしていれば、そのチームのファンは楽しめますが、優勝争いから脱落したチームの9月の観客動員は悲惨になるのが通例でした。阪神タイガースでさえも2001年までは9月の試合がライトスタンドの半分程度しか埋まらず、空席が目立つことも頻繁にありました。しかし、現在では各球団が野球に興味がない人でも楽しめるような球場を作り、様々なイベントや取り組みを実施することで幅広い層が楽しめる環境が作っています。その結果、野球観戦はチームの勝利を楽しむものから、観戦そのものや球場へ足を運ぶことで得られる体験が重視されるようになり、チームが優勝争いから脱落しても、多くのファンが球場に足を運ぶようになりました。

 2023年はエスコンフィールドHOKKAIDOの開場が大きな話題になっていますが、多くの球団がスタジアムの改修に取り組み、球場で野球を観戦する価値を上げることに力を入れています。この動きが1軍の球場だけでなく、ファーム(2軍)の球場にも動きが広がり、球場を移転したり、改修を行うケースが増えています。今回はファームの球場設備を充実させる動きが活発になっている理由について考えていきます。

◯観客の利便性を高めるためにファームの球場の改修や新球場を開場した事例の一部

①北海道日本ハムファイターズ 鎌ヶ谷スタジアム
・鎌ヶ谷スタジアム誕生20周年事業の一環として、2017年3月から全面リニューアルした内野スタンドをオープン。グループで利用できるファミリーシートや雨天でも雨に濡れることなく観戦が楽しめる屋根つきシートなどが新設された。

②埼玉西武ライオンズ CAR3219フィールド
・2017年11月〜2021年3月に実施された株式会社西武ライオンズ40周年事業で180億円を掛けた1軍本拠地と周辺エリアの大規模改修を実施。その一環として、2軍の本拠地にこれまではなかったスタンド席をバックネットに240席新設、LED式のスコアボードを設置。

③オリックスバファローズ 杉本商事バファローズスタジアム舞洲
 神戸に置いていた練習施設・選手寮・ファーム本拠地を2017年3月に大阪の舞洲に移転。

④福岡ソフトバンクホークス タマホームスタジアム筑後
 2016年3月にファーム・3軍の本拠地・練習場などの施設を備えたHAWKSベースボールパーク筑後をオープン。2023年4月現在、12球団No.1の設備を誇るファーム環境となっている。

⑤読売ジャイアンツ 読売ジャイアンツ球場
 2021年3月に屋根付きシートの新設など、バックネット席をリニューアル、スコアボードをフルカラーのLED画面に変更。球場の入口横にモニターで試合のライブビューイングが楽しめる飲食スペースを新設。

◯2023年4月現在、ファームの新球場建設予定

①読売ジャイアンツ
 東京都稲城市のよみうりランドの隣接するエリアに総工費250億円を掛けて、新しいファーム本拠地を含むTOKYO GIANTS TOWN(東京ジャイアンツタウン)を建設予定。ファーム新球場は2025年3月、全エリアのグランドオープンは2026年度中を予定している。

②東京ヤクルトスワローズ
 2026年度のファーム施設の移転を目指して、茨城県守谷市とファーム本拠地、室内練習場、選手寮およびクラブハウスなどの移転を協議・検討中。

③阪神タイガース
 2025年にファーム本拠地を兵庫県尼崎市の小田南公園へ移転。練習場、室内練習場、選手寮兼クラブハウスも併設予定。

◯球団がファームの観戦環境に力を入れる理由

①チームではなく選手を応援するファンが増えた

 私が大学生の頃、AKB48が国民的な人気を獲得、この頃から推しという言葉がアイドルだけではなく、応援をする全ての対象に使われるようになったように感じます。AKB48というグループではなく、特定のメンバーを応援、推すという行動が市民権を得て、スポーツの世界でもチームではなく特定の選手を応援するファンが増えていきました。

 AKB48が国民的人気を獲得する数年前、アマチュア野球界で大きな変化がありました。それが斎藤佑樹投手の登場です。早稲田実業のエースとして夏の甲子園で全国制覇を達成。これ以降、高校野球の人気は大きく変わりました。今まで8時00分台や9時00分台に開始される甲子園の第1試合はアルプス席以外は空席だらけになることも珍しくありませんでした。しかし、斎藤投手の登場以降、第1試合から甲子園球場が満員になる日が増え、人気のある高校同士の対決や注目選手が出場する試合が予定される日は当日の6時00分台にチケットが完売になることもありました。

 斎藤投手が早稲田大学へ進んでからは、野球ファンでさえ観る人が少なかった大学野球にも注目が集まるようになり、神宮球場が満員になることもありました。斎藤投手の存在によって、アマチュア野球を観るファン、特に女性ファンが増えたと思います。そして、高校や大学時代から応援している選手がプロに入り、そのままその選手を応援する流れができたように感じます。プロの世界で最初から1軍で活躍できる選手はごく一部です。まずはファームで経験を積む選手がほとんどなのですが、ファンからすれば、好きな選手が1軍にいようが2軍にいようが関係ありません。何なら近い距離で推しの選手を応援できるファームの環境はファンにとって幸せな空間です。こういった背景からファームの試合に足を運ぶファン、特に女性ファンが増えていきました。

②球団経営に対する意識の変化

 元々、日本のプロ野球は新聞社が新聞の購買促進や鉄道会社が沿線上に球場を作り、鉄道の利用客の増加へ繋げるためにチームを運営するケースが多くありました。プロ野球が国民的な人気を獲得するようになると、自社の宣伝を兼ねて、球団を経営する会社が増え、球団を持つことが社会的信用に繋がる側面もありました。そのため、球団運営は広告費の一部として、必要経費と割り切る企業がほとんどでした。しかし、長く球団運営をして、企業名が世の中に浸透するようになると、球団経営に掛かる費用と宣伝の費用対効果が合わなくなり、赤字体質の球団運営に株主からも厳しい目が向けられることが出てきました。それが2004年の大阪近鉄バファローズの事実上の消滅に繋がり、球団運営の変革が迫られるようになりました。その後、球団運営で利益を出すために魅力ある球場を作り、試合を観戦する以外でも楽しめるイベントを開催するなどして、黒字経営の球団が増えていきました。

 プロ野球(NPB)の球団は1軍だけではなく2軍の運営もしなければなりません。当然、ファームの運営にもお金が掛かります。かつて、ファームの本拠地は「野球の強豪校のグラウンドのほうが設備が整っているのではないか」と思うような球場を使用して、観戦料金を取らずに試合を開催する球団もありました。正直、現在でもそのような球団はあります。しかし、ファンの消費行動が変化して(これは野球ファンに限らずだと思います)、推しのためならお金を払うというファンが増えました。このようなファンにとっては、設備が整っていない無料の球場よりも、有料であっても環境が整っている球場のほうが足を運びやすいのです。

 そして、チームではなく選手を応援するファンは今後チームのファンにもなってもらえる可能性がある存在です、そのようなファンを大切にすることが1軍の試合の観客動員、球団の健全な運営にも繋がっていきます。つまり、ファームは未来の選手だけではなく、未来のファンへの投資をする場なのです。それがプロ野球の各球団がファームの観戦環境の充実に力を入れる理由だと思います。


◯出典
・北海道日本ハムファイターズ 鎌ヶ谷スタジアム内野スタンド全面リニューアルのお知らせ 2023年4月26日
https://www.fighters.co.jp/news/detail/6681.html

・株式会社西武ライオンズ 40周年事業の実施を発表 メットライフドームエリアの改修計画・周年イベント発表資料 2023年4月26日
https://www.seibulions.jp/cmn/items/40th/seibulions_40th.pdf

・福岡ソフトバンクホークス ファーム 2023年4月26日
https://www.softbankhawks.co.jp/farm/

・多摩ポン ジャイアンツ球場が大幅リニューアル。ライブビューイングが楽しめる飲食スペースに 発信日 2021年3月7日  確認日 2023年4月26日
https://tamapon.com/2021/03/07/giants-stadium-renewal/

・読売ジャイアンツ公式サイト「TOKYO GIANTS TOWN」構想について ―国内初、球場と水族館が一体化したスポーツとエンターテインメントの融合―  2023年4月26日
https://www.giants.jp/news/6748/

・東京ヤクルトスワローズ公式サイト 東京ヤクルトスワローズ二軍施設の茨城県守谷市への移転に関する協議開始のお知らせ 2023年4月26日
https://www.yakult-swallows.co.jp/news/detail/27017

・阪神タイガース公式サイト  阪神タイガースファーム施設(二軍本拠地)の尼崎市への移転が正式に決定 2023年4月26日
https://hanshintigers.jp/news/topics/info_7800.html

・ゼロカーボンベースボールパーク阪神電鉄 2023年4月26日
https://baseballpark.hanshin.co.jp/


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