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タイパ?コスパ?重視の時代に

9月3日(日)朝9時、Mediallの取材のため、血気盛んに戦場へ向かう。戦場といっても、古戦場「賤ヶ岳」である。今はもう誰も戦ってはいない。

9月に入ったというのに、まだまだ暑い。朝9時の時点で気温は優に30℃を超えていた。戦場に着く前に心が折れそうな暑さだ。

過酷な戦場になることは予想できたが、読者に悟られずに書こう。そんな風に思い、歩きながら構成を考える。果たして読者に悟られることなく読まれただろうか……

そんな風に考えて書いた記事が、こちら。

Mediall「賤ケ岳古戦場で戦国武将への思いを馳せる」

賤ケ岳古戦場へは、小学生のときに登ったことがあった。山頂までは約1500m。若い頃なら5分以内で難なく走れた(平地だが)距離だ。大した距離ではない。そう高をくくっていた。


賤ヶ岳の洗礼

駐車場に到着すると、いきなりの洗礼を浴びることになる。

「リフト利用ですか?それとも登山ですか?」

賤ケ岳古戦場の駐車場は、リフト利用者のみが利用できるらしい。リフトの利用料金は片道500円、往復で900円もかかる。

高額過ぎて支払いが困難だ……というわけではない。しかし、たかが1500mの距離に500円を支払う価値があるのだろうか?100円で300mの計算だ。

300m歩く度にチャリンと音が鳴るシステム。快く支払おうとは思えなかった。

しかも、記事報酬は取材費や経費をすべて含んだ金額だ。それに、歩いた方が多くの景色を写真に収められる。どう考えても、登山一択だろう。

しかし、登山客用の駐車場は、「リフト乗り場 🅿⇒」の看板よりも遠い。リフト乗り場の駐車場から200mほど離れているではないか。

頂上までの距離が1500mから1700mに瞬時にして伸びてしまった。ワープの仕組みはこういうことか?などと考えながら車を移動させた。だが、舗装されたアスファルトの道路だ。徒歩でも余裕……である。たぶん。

リフト乗り場が本当のスタート地点

狭い臨時駐車場に車を駐車させ、テクテク歩く。緩い登り坂だが、暑さも相まって体力の消耗は意外と早い。

ようやくリフト乗り場の駐車場に到着した。
リセット、リセット。
ここが本当のスタート地点だ。

駐車場から細い通路を通って歩くと、リフト乗り場はすぐそこだった。ここへ来てようやく「賤ケ岳山頂まで1500m」の標識を発見。衝撃の事実。どうやら、まだスタートしていなかったらしい。

本当の本当のスタート地点はリフト乗り場だったのだ。

残念なお知らせをしなければならない。

スタート地点で既に汗だくである。吹き出る汗が滴り落ちる。汗を拭くハンドタオルは、ぎゅっと絞れるほどになっていた。

私は迷った。リフトに乗るべきか否か。しかし、武士に二言はない。(武士でもない)私は後ろ髪を引かれながらも、一歩ずつ歩を進めることにした。

今日は、歩く。

意外と山道であった。登山といっても観光地だと思い、完全になめていた自分を悔やむ。元気な外国人男性が走っていたが、そこはまがかたなき登山道だった。

場所によっては道幅が50cm程度のところもある。下を見ると、少しだけ足がすくむ。

私は、そんな登山道を黙々と一人歩いた。他の登山客は夫婦であったり、家族であったり、どこか愉し気だった。

先程走っていった外国人男性は、リフトに乗った奥さんを撮影するために先回りをしていたらしい。「オハヨウゴザイマス!」とにこやかに声を掛けられた。実に愉しそうだ。

しかし、私は残念ながら孤独だ。まさか、ここへきて孤独とも戦うことになるとは、考えてもみなかった。戦場に来て初めて気がついた。敵は己の中に居ることに。

かなり歩いたと思ったが……

とにかく歩いた。

孤独と戦いながら歩き続け、いつしか無の境地に辿り着いた。無になり、さらに歩き続ける。その先にあったのは……


山頂まで1200mの標識だった。

ちょっと何言ってるかわからない。
私の中の富澤たけしがしゃしゃり出てくる。

私は目を疑った。
何かの間違いに違いない。

確実に半分は登ったはずだった。それが、まだ300mしか歩いていないだと?嘘だ。嘘だと言ってくれ。この距離が100円に値するとは……

もしや、リフトのコストパフォーマンスはかなり高いのでは?

絶望とはこのことか。私は膝から崩れ落ちそうになるのを必死にこらえ、再び歩を進めることにした。何が何でも、負けられない。

頭上注意?

さらに歩き続けると、遠くの方で何やら愉し気なカップルたちの会話が聞こえてきた。さすが、恋人の聖地に認定されたことだけのことはある。甘い会話が繰り広げられているに違いない。

そして、愉し気な会話は、賤ヶ岳の頂上が近いことを予感させるに十分だった。やはり賤ケ岳なんて大したことない。たかが標高400mの、山にも満たない岳なのだ。


しかし、そこに見えた光景は……


私は再び目を疑った。「頭上注意」の看板の先にあったのは、頭上をのんびり通過するリフトだった。

リフトの終着点はまだ先のようだ。既に20分くらい歩き続けている。体力は限界に近付きつつあった。否、既に限界を超えていた。

手持ちのハンドタオルは、既に乾いた部分がなくなってる。バスタオルが必要かもしれない。

絶対に引き返した方が良いよ!

さらに歩き、ようやく残り750mまで辿り着けた。ちょうど半分だ。「山頂まで750m」の文字が眩しい。眩しすぎて見えない。かすんでいるような気さえする。これは心理的なものだろうか……

残り750mの標識を過ぎた辺りで、3歳くらいとおぼしき女の子とお父さんの親子連れが、大きな石の上に座って休憩していた。残念ながら、もう女の子は歩ける雰囲気ではない。

こう見えて私も子育て経験者だ。お父さんの気持ちが痛いほどよくわかった。

「無理やって。そんなん、今からでも引き返してリフトを利用した方がいいって。絶対!!」

心の中で呟きながらも、「頑張りや!」と笑顔で声をかけて通り過ぎる。あのペースなら、頂上まで登れたとしても昼は過ぎるだろう。私がその立場なら、潔く引き返してリフトに乗る。

「もしかすると、帰りにまた出会うかもしれないな……」

そんなことを考えながら、私はまた孤独と闘い始めた。

ラストスパート

750m地点を通り過ぎると、そこからは意外と早かった。気がつけば、リフトの終着点に着いていた。

しかし、ここに大きな落とし穴があることは誰も知らない。

じつは、リフトの終着点から先が最も過酷な登山道だった。しかも、意外と長く険しい。階段になっている部分も多いが、逆に階段の方が歩きづらかったりするので注意が必要だ。

問題は他にもあった。日陰がないのだ。リフトの終着点までの登山道は木も多く、日陰が多かった。ずっと日陰でひっそり暮らしてきた私の人生そのものだ。

しかし、リフトの終着点以降は日焼け必死の危険ゾーンなのだ。眩しい。眩しすぎて居心地が悪い……

体力が削ぎ落されていく。既に気力だけが足を動かしていた。
ただ、天気はよく、景色は美しい。

頂上付近から見た琵琶湖(右に見える小さな島はパワースポットの竹生島)

気がつけば、登山開始から40分近くが経過していた。完全にHPはゼロどころか、マイナスである。素直に500円を支払うべきだったかもしれないと後悔した。

賤ケ岳の合戦に思いを馳せる

軽装備で登るだけでも40分もかかってしまった。こんなところで合戦をするなど、考えられない。

もし、私が戦国の世に生まれていたなら、明らかな戦力外だ。七本槍に「俺の分も頼む」と伝えることもできずに息絶えたことだろう。

頂上ではガイドさんらしき人に説明を聞いている団体があった。やはり昔の人はゆっくりと歩を進めたらしい。甲冑を着た状態で、今のように整備されていない山道を早く歩けるわけがないのだ。

甲冑?重いものは20kgもあるらしい。
それ、明らかに戦えないでしょう?
生死をかけた戦いならば、意外といけるものなのだろうか。

賤ヶ岳の戦いに想いを馳せた。
しかし、何度イメージしてみても、戦力外のイメージしか思い浮かばない。

大人しく帰ろう。

思いがけない人に出会う

下山しようと思い、歩き始めたときに思いがけない人に出会った。先程750m付近で休憩していた親娘だ。

感服した。
戦力外とか言っている場合ではない。
あんなに小さな子が頑張って歩いて来たのだ。

おっさんも戦う!!

勇気をもらって歩き始めた。あの親娘のお陰もあったのか、下りは意外と楽勝だった。

『体力に自信はないけど、できれば歩いてみたい』という人は、下りだけ歩くのがおすすめだ。ただし、雨上がりなどは滑るため、歩行には十分注意しなければならない。

ちなみに、1500m以上歩きたい猛者もさ向けのコースもある。かなりの距離を歩き続けることになるので、心して臨んでほしい。看板には12kmとある。

時間は見えない資産

賤ケ岳の登山は片道1500mだが、体感としては2km以上だった。いや、5kmくらい歩いた気分だ。リフトを利用すれば片道5分、往復で10分程度なので大幅な時間短縮ができるだろう。徒歩の場合は往復80分程度かかる。

その差は70分

mediallの記事は1500文字以上となっている。70分もあれば、執筆だけでなく、写真の編集までもできるだろう。

今回は登山を楽しめたからよかったかもしれない。しかし、体力の消耗が激しく、その日は他に何をする気にもなれなかった。コスパもタイパも最悪である。

時間は見えない資産だ。リフトの利用は時間短縮だけでなく、体力も温存できる。ただし、原稿料のことを考えると、500円を支払うべきか否か……その答えはなかなか出ない。

Time is money.

その通りなのだが、達成感を得るには自分の足を使った方がよいだろう。そんなことを、帰りの車の中で、汗だくになったポロシャツとズボンを不快に感じながら考えた。

着替えを持参すべきだったかもしれない。

Mediallではライターを募集中。こちらは今のところ戦力外通告は受けていない。
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