人生でいちばん不気味なできごと
一駅なら歩いた方がいい。すぐ降りるのにもったいない。
区間にもよるけれど、5分くらいなら歩く。調子がよければ、二駅分歩くこともあった。我ながら元気だ。歩くのが好きだったのだ、前は。
***
大学4年の夏、授業が終わった18時半頃。
時間は遅かったけれど、二駅先の家までいつものように歩くことにした。
夏とはいえ、陽が落ちて辺りが薄暗くなり始めていたので、暑さはない。
大通りから一本入った道は、朝ほど人も車もなく、ゆったりした空気が流れる。
「今度はあのカフェに行ってみよう」「あんなとこあったっけ?」
のんびり景色を見ながら帰るのは、楽しみの一つだったりする。
家まではあと5分。
前からギコギコと自転車に乗ったおじさんが、フラフラと左右に蛇行しながらゆっくりこちらに向かってきていた。
何かブツブツ言っている。
ときどき、ペッと唾を吐きながら近づいてきていた。
これはヤバいかもしれない。見たら絡まれるやつだ。最悪の場合、刺されるかもしれない。絶対に関わりたくない。
第六感的な何かが警笛を鳴らし始める。この類の感は、何故かめちゃくちゃ冴えていて、9割以上あたってしまう恐ろしいセンサーと化している。
「危ない」と言わんばかりに、心臓がバクバクしてきた。わかってる。わかってるけれど、急に恐怖で体が震えてきて逃げようにも走り出せない。
わたしに気づかずに通り過ぎて欲しい。
おじさんを見ずにただ前だけを見てすれ違おうとした、そのとき、急にわたしの方へハンドルを切って全力で向かってきたのだ。
終わった。
病院いきを覚悟したとき、
「おい。美人じゃなくても夜道は気をつけろ」
刺されなかった。
自転車で追突もされなかった。
それはよかったけれど……しこりが残る。
***
あのおじさんは何だったのか。
ただの失礼な奴なのか。ただただ心配してくれた親切な人なのか。今考えてもわからない。
わからないけれど、こわい。何なのさ。
いや、そもそも。何が「美人じゃなくても」だ。余計なお世話だ。ばかやろう。
Discord名:ケイ
#Webライターラボ2408コラム企画
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?