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6月16日、20時32分。父が救急車で運ばれた。これで何回目になるのか。何回ゾッと肝を冷やしたらいいのだろうか。

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いつもニコニコ笑ってて、愛想がとてもいい。面白くはないけれど冗談もよく言うし、よく食べる。甘いものが好きで頼まなくてもいつもたくさん買ってくれる、そんな父だった。


怒られた記憶は一度しかない。
小学生のころ、特に意味もなく「◯◯ちゃんのお母さんとお母さん、どっちが綺麗?」と聞いたら、ムッとした顔をして「人は比べるもんじゃない」と低い声で言い放った。

「お父さんにそっくり」と言われるのが嫌で、よく暴言も吐いたけど、父は笑ってた。

反抗期になると、ご機嫌取りでスイーツをひくほどくれるようになった。

高校の部活で県大会、全国大会に出場するようになると母と2人でよく応援に来てくれた。といっても試合前に会いにくるとかはなかったし、どこで見てるのかもわからなかった。だけど、いつも写真だけは私やチームメイトの分もたくさん撮ってくれていた。

大学生になって一人暮らしを始めると、あまり父に会わなくなった。

仕事を辞めて実家に戻ったときは、何も言わずただ一緒にいてくれた。

結婚の挨拶で夫が実家に来たときは、初めて大真面目な顔を見た。

結婚式でバージンロードを歩いたときは、親族しかいないのに緊張して手と足が一緒に出ていた。

***

久しぶりに帰省したある朝、父は起きてこなかった。ゆすっても声をかけても、目は覚まさなかった。

またまた〜と軽く思っていたけど、1人で起き上がれなくなってもう1年以上が経つ。

脳梗塞だった。

世界が一変した。
父はもちろん、母も仕事を辞めたし、あまり帰省しない兄も月1は実家に戻るようになった。

普通に立って歩いて、話して。自由に身体を動かしていた父はもういない。施設でベッドに横たわっている。目は開くようになったけれど、話せない。

障害者認定もされた。

車椅子で倒れた、熱が出た、頭をうった。
何かある度に救急車で運ばれていく父。

生きているだけでラッキーかもしれない。そうかもしれない。でも、やっぱり欲が出る。

もう一度、たった一回でもいい。父の声が聞きたい。

また父と話したい。面白くなくてもいい。

ふふふと笑いながら、名前を呼んでほしい。

もし神様がいるのならと、願わずにはいられない。

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