発信続ける林眞須美さん・長男
和歌山カレー事件・林眞須美さんの長男氏が、SNSを中心に母との交流などを発信している。
テレビや新聞、YouTubeの取材も積極的に受諾。これまでの自身の経験や思い、眞須美さんの冤罪の可能性ついて、1つ1つ言葉を慎重かつ丁寧に選びながら語っている。客観的に物事を捉えて話すのが特長で、さまざまな媒体でその姿を垣間見ることができる。
長男氏の話を直接聞いてみたい――。
さまざまな報道記事や映像を見た筆者はそう思い、長男氏が登壇する複数の催しに足を運んだ。
※確定死刑囚として大阪拘置所に収監中だが、一貫して無罪を主張。動機が未解明であること、自白がないこと、直接証拠がないこと、2024年現在も再審請求を行っていることなどからあえて林眞須美さんと表記する。ご理解いただきたい。
■張りつめた5分間のスピーチ
2023年末、複数の冤罪被害者や弁護士を招いて開かれた「冤罪と司法を考える集い」。60代以上の男女70人以上が会場に集まった。
集いでは、冤罪被害者が1人5分ずつ、自分の思いを話す場が設けられた。黒無地のダブルスーツ姿で登壇した長男氏は、指名されパイプ椅子から立ち上がると、サングラス越しに客席を見つめながらこう話した。
「死刑事案になるので人間の生き死にがかかっている。ご覧いただければ分かるように、(サングラスとマスクで顔を隠しており)実生活と冤罪の発信活動を両立するのはいびつとも言える状況。なんとかバランスを保っている。このような暮らしを送っている36歳は他にいないのではないか。(他登壇者である)弁護士の方がお話していたように、身内に犯罪者が出ると、ほとんどの家族は離散してしまう。僕も実際に家族を亡くした」
「この集いに来てくださっている皆さんは僕たちの意見に理解ある方が多いと思う。が、会場の外へ一歩踏み出し社会に出れば、『9人の裁判官がそろって有罪・死刑判決を出しているのだから、裁判官や警察官が間違えるはずないでしょう』といった声が飛んでくるのが現実」
「『そんなに冤罪だと思うなら真犯人を連れてきなよ』『真犯人は誰なんだ』と追及されることもある。”悪魔の証明”という言葉があるように、僕たちの活動は、事件をやっていないことを証明し訴えていくためのもの。真犯人を探すのは警察や検察の役目である。だが、真犯人が見つかっていないのならお前のお母さんが犯人だ、という意見を言われることがある」
「僕はまだ30代で、社会に出たころは法律の仕組みに疑問を持つこともなく、警察が間違うはずがないという意識を自分自身も持っていた。冤罪なんて99%起こるわけがないと思っている世間の方々にどう伝えていけばいいのかと日々悩みながら発信活動をさせていただいている」
「僕の両親の場合は非常に複雑な事件で、保険金詐欺という”悪さ”はやっている。のちに発生した無差別殺傷事件は事件の性質自体が異なり、別の事件だ。保険金詐欺は緻密に計画を練って、利欲を目的とし利益を得るために行うもの。和歌山カレー事件=無差別殺傷は、快楽など何らかの動機で人を傷つけるもの。全く性質の違う事件なのに、判決の中で『保険金詐欺をやっているから無差別殺傷に抵抗がなかった』というふうに結び付けられ、警察発表を経てメディアで大きく報道された」
「メディアスクラムという言葉もあるようにメディアと林家の闘いもある。発信してほしいという気持ちも持ちつつ、困らされることもある。そんな25年を過ごしてきた。2023年は死刑執行がなかったが、母親は再審請求を申し込んでいる状況だ。母親は捜査の際に完全黙秘をした。1枚の供述調書も取られていない。名前も住所も生年月日も答えていない。袴田事件の再審請求開始を受け、希望を持っているようだ。これからも発信を続けるので宜しくお願いします」
緊張感が漂い会場が張り詰めた5分間だったが、話し終えた後は参加者からあたたかい反応が。長男氏もほっとした様子だった。
■”推しの子”
昨冬から今春にかけ、大阪市内で開かれたトークイベントにも数回参加した。満席に近い予約が毎回入るようで、開場前から入口近くには入場待ちの列が。開場と同時に多くの来場者が訪れた。
客層は30―60代がメイン。事件を知らないであろう若い世代も一部おり、前者とは雰囲気が打って変わる。関西はもちろん、関東や東海など他の地方から足を運んだ客の姿も散見された。
開演後、司会者に呼ばれた長男氏は、目が透けて見えない黒のサングラスにマスク、全身黒色の私服という”YouTube出演スタイル”で舞台下手から登場。その姿は一見どこにでもいそうなシュッとしたモデル風の青年という雰囲気だ。見た目は都会的でモード系のファッションに身を包んでいる。
華やかな見ためとはいえ重圧を背負って今まで生きてきたはず。これまでに他媒体のインタビューで、加害者家族として生きていくことを「人生の消化試合」「自分の人生はもう終わっている」と悲観的に表現していることもあった。
凹むことや病むことはあっても、そこまでの単語を使う若者は周囲にいないし、筆者自身も自分の人生をそこまで悲観した経験はなく衝撃を受けた。テレビやYouTube、前者の集いのように、やや重苦しい雰囲気で話が進むのだろう。そう思い込み話を聞き始めた。
一抹の不安は、長男氏が話し始めた途端、杞憂に終わった。とても快活な人だ――。そう感じずにはいられなかった。
トークイベントでは長男氏が司会者と掛け合いをしながら、報道機関の取材よりも肩を抜いた雰囲気で話を進めていく。
※配信なし、撮影・録音・録画禁止の催しという都合上、事細かなイベントの中身については割愛する。
「もともと林家は明るくて、笑いの絶えない家庭だった」などとさまざまな媒体で話しているように、素顔は明るくて冗談も大好きな、どこにでもいる関西人の青年だ。特に眞須美さんとの面会での様子を紹介する際には長男氏の笑顔が絶えず、母と息子の交流をありのまま伝え、会場全体が微笑ましい雰囲気になる瞬間もあった。
4月中旬のトークイベントでは、林家仕込みのブラックジョークも披露。
「母が推し(=眞須美さんのファン)だという方にお会いしたことがある。ということは、息子である僕って”推しの子”ですよね?」
と、会場の反応をやや気にしつつも人気漫画作品『推しの子』(原作:赤坂アカ、作画:横槍メンゴ、集英社)に自分を重ねて客席に問い、笑いを取る場面も。眞須美さんが笑顔で報道陣に向かってホースで水を撒く様子の写真から着想を得て、アニメ版主題歌『アイドル』の歌詞の歌いだしを
「無敵の笑顔で荒らすメディア」
↓
「無敵の笑顔で”濡らす”メディア」
と言い換え、会場を爆笑の渦に巻き込んでいた。
報道陣に向かって水を撒いた母の姿について、自分なりに現代らしくこう表現した長男氏。不謹慎とも思える絶妙なバランスを保っており、これに関しては言い得て妙というべきか・・・。
社会を震撼させたであろう事件の関係者、当事者とはとても思えない一面。子供の頃からのひょうきんな部分が残っているのか、辛さを隠すためなのか。その心の奥までは読むことができなかった。
少し話を脱線する。眞須美さんがホースで水を撒いた回数は10回程度。その一部の撮影の背景について、長男氏がSNSで発信したことも記憶に新しい。
※このトーク内容は長男氏からnoteへの掲載許可を得た上で紹介している。
明るいだけではない。映像で彼を見たことがある方ならお分かりのように、非常にまじめ。長男氏は来場者1人1人の表情や雰囲気を見ながら、客観的な視点を忘れず丁寧に言葉を選んでいく。
過去には不安な気持ちを漏らすことも多かった。
ある回では「これまで人目を避け、素性を隠して生きてきている。今日はこんなにたくさんの目がこちらに向いていることが少し怖い」と恐る恐る本音を漏らし、恐怖から気を紛らわそうとする素振りを見せた。
軽快な口調で司会者と会話を続ける一方で、時折自らの人生を悲観したり、自分や自身の家族――加害者家族のことはこうあるべきと卑下したりする場面も。不安定で浮き沈みが多い。事件発生時の記憶、姉妹との絶縁、死刑制度についての考え、冤罪の可能性……。昨年の開催時には、さまざまなテーマについて語った後、最後に眞須美さんへの葛藤を口にした。
「母親が無実と言うのであれば、その言葉を信じたいです。でももし本当に犯行に及んだのなら、相応の罪を償ってほしいと思っています――」。
犯罪者の家族とはいえど、誰にだって幸せを手にする権利はあるし、人権も持つ。そう願っている。とはいえ「実際の社会ではそうはいかない。美談やきれいごとのようにそこまで寛容な社会ではないのが現実です」(長男氏)と立場をわきまえながら生活、発言しなければならない実情を口にした。
事件の重たさが伺える、あまりに複雑な経験。客席には涙をハンカチで拭う眞須美さん世代の女性客の姿が散見された。
終了後には、壇上前に集まった来場者1人1人の質問に対応。とても丁寧に耳を傾け、時間を掛けて世間の声と向き合っているようだった。
母親が確定死刑囚。身近に同じ境遇の人間はほぼいないだろう。理解されないことも多いかもしれない。多くの有名事件の加害者家族は引っ越し、改名、離散といった選択肢を取っている。そんな中でも和歌山県から離れないで活動を続ける長男氏。
終演後、司会者やスタッフに見守られながらどっと疲れた様子で会場を後にした。その背中から、どんなに大変でも加害者家族のあり方を変えていきたい、自分が何らかの役に立ちたいという思いが感じ取れた。
長男氏によると、本業の合間や休日に取材、インタビュー、講演などを行う生活が26年続いているという。2021年には近親者の死を経験。自宅にマスコミが押しかけ、警察や関係機関からの情報を得られないまま取材に対応することもあった。
集いは高齢者が多く、孫を見るような目で長男氏を見守ったり、声を掛けて励ましたりする人々の姿が印象的だった。トークイベントでは、来場者がまるで友人のように長男氏へ気さくに接している。眞須美さんの同世代も多い。
■報道が全ての1998年
長男氏が話した内容の中で気になったことがある。
「もし事件の時にスマートフォンやインターネットがあれば、報道は違った内容になったんじゃないかと思う。報道の仕方も違ったんじゃないか」
インターネットがなかった1998年当時はテレビと新聞、週刊誌による情報が全て。これらが報じるものを信じるしかない状態だった。
実際、和歌山カレー事件の一連の報道を鮮明に覚えている筆者の知人に話を聞いてみた。
「逮捕される前から近所の一主婦を犯人と特定して連日報道していることに、当時から違和感があった。あんな報道の仕方は松本サリン事件とこれくらいじゃないか」(60代女性)
知人は報道の印象が非常に強かったようで、記憶を掘り返す間もなく、すぐにこう振り返った。
過熱報道、メディアスクラムがさらなる被害を生み出した。大きな人権侵害となったのは誰しもが知ることだろう。(注・松本サリン事件で犯人と疑われ報道された人物は、誤報と判明し逮捕されていない)
すでに多くのジャーナリストや関係者、支援者が冤罪を訴え活動しているが、事件に関心のある人以外には全てが伝わりきっていないのが現実だ。
筆者の周囲でなんとなく報道を見ていたという複数の知人に「和歌山カレー事件の林眞須美さんに冤罪の可能性があることを知っているか」と尋ねてみたところ、
「ヒ素の鑑定が間違っているなんて知らなかった」
「自白していないなんて知らなかった、していると思っていた」
「なんとなくテレビを見ていて怪しそうに感じたから、あの人が犯人だと決めつけていた」
「近所に嫌われてたんだし、あの人(眞須美さん)がやったんじゃないか?」。
といった反応が。もどかしく感じた。
■執筆続ける契機
筆者が知る限り、自白なし、動機なし(未解明)、直接証拠なし――
「なし」
の3拍子が揃っている日本の確定死刑囚は眞須美さん、ただ1人である。
状況証拠だけで死刑執行され、のちに冤罪と判明した場合どうするのか――。想像するだけでとても恐ろしい。そんなこと、あっていいはずがない。
筆者自身が1人で何か動いても何も変わらないかもしれない。変わらない可能性の方が各段に高いだろう。また長年追ってきた記者や報道機関にはかなわない。今年で26年になるというのに、今さら何だ? と思う方も数多くいるだろう。
それでも、このことをもっと知ってもらえたら。疑問や興味を持つ人が増えれば。一縷の望みにすがりながら、今後も和歌山カレー事件について、眞須美さんについて、そして眞須美さんの冤罪を信じて行動を続けるご家族、支援者について……できる範囲で執筆による発信を続けようと思った。
その後、林家に取材を直接申し込み、さらに詳しく話を聞けることとなった。
【長男氏著書】『もう逃げない。』Kindle版あり
【林眞須美さんの再審を求めるオンライン署名はこちら↓↓↓】
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