魔動戦騎 救国のアルザード 第十二章 「反撃の光」

 シュライフナールの切っ先を僅かに持ち上げ、送る魔力を絞って推力を落とす。減速をかけつつ着地に意識を集中させる。大通りの一点に狙いをつければ、《イクスキャリヴル》はそれに応じるようにシュライフナールの角度を制御してくれる。
 ヒルトを握る手に力を込め、地に足が着く瞬間を見極める。
 接地。膝を折り曲げ衝撃と勢いを殺す。ミスリル素材の装甲が淡く光を帯びて、発生する負荷を捻じ伏せる。
 シュライフナールは大きく前方に振り回すようにして、後部が地面にぶつかるのを避けつつ慣性を逃がした。
 だが、《イクスキャリヴル》そのものが伴ってきた慣性や衝撃、空気の流れは殺すことができない。それらは勢いのまま地面に叩きつけられ、勢いと衝撃は突風となり周囲に拡散する。大通りに面した建物のいくつかが直撃を受けて吹き飛び、《イクスキャリヴル》が足を着けた場所を残して大地は抉れ、土煙が巻き上がった。
「首都アジールに突入成功」
 通信回線に向かって告げる。
「通信の接続を確認、別働隊も行動を開始しています」
 マリアの声が返って来た。ややノイズ交じりにも感じられたが、通信に影響はなく気にする程ではない。
「捕虜の所在が確認されるまでは破壊活動は控えて、敵戦力の迎撃に集中してくれ」
「了解」
 エクターの言葉に、アルザードは頷き、周囲を見渡す。
 捕虜の捜索自体は潜入した諜報員が作戦開始前より始めているはずだが、居場所が判明したという報告はまだ入っていない。捕虜の確保ができていない状況では、手当たり次第に攻撃を行えば巻き込む可能性がある。
 従って、別働隊から連絡があるまでは《イクスキャリヴル》での戦闘にも制約がつく。
 着地時の衝撃で発生する損害は作戦の都合上仕方がないが、それ以外で無差別に破壊活動を行うことはできない。もっとも、いくら敵国の首都とはいえアルザードには無差別に攻撃を加えるつもりはないのだが。
 連絡が来るまでの《イクスキャリヴル》の仕事は迎撃に出て来る敵部隊の殲滅と、アンジアの注意を引くことだ。
 《イクスキャリヴル》の着地の際に生じた土煙が晴れ、それに気付いた住人たちが大通りに顔を出し始める。そして、そこに立つ見慣れぬ魔動機兵を目にして困惑の表情を浮かべる。
「たった今、使者が別働隊と合流したと報告がありました」
 マリアから通信が入る。
 手筈では《イクスキャリヴル》突入前後のタイミングでアルフレイン王国の使者がアンジアの中央議会に書簡を届けることになっていた。
 先日アンジアから届いた捕虜交換要求への返答である。
「さて、あちらはどんな状況になっているのやら」
 笑みを含んだエクターの声が混じる。
 書簡の内容は、交換には応じないが、捕虜の処刑も許さない、件の新型機《イクスキャリヴル》による報復強襲を行う旨と、降伏勧告になっているとのことだ。
 警報が鳴り響き、都市の四方から《バルジス》と《バルジカス》の混成部隊が現れる。
 王都アルフレアと違い、アジールの警備基地は都市の四方に分散配置されているようだ。
 防衛部隊らしき魔動機兵たちは《イクスキャリヴル》の動向に注意を払いつつ、包囲するように少しずつ接近してくる。《イクスキャリヴル》の情報そのものはアンジアの軍にも伝わっているだろうが、実際にその性能を目の当たりにしたことがない者にとっては伝えられた話は半信半疑だろう。騎手であるアルザードでさえ、《イクスキャリヴル》に直接関わっていなければにわかには信じ難い性能だと思う。
「降伏勧告は伝わっているだろうが、その返答を待つ必要はない」
 エクターが言う。
 降伏勧告自体は言わば挑発のようなもので、アンジアが応じるようならその時点で作戦は終了するが、想定されているものではない。公に《イクスキャリヴル》から通告しているわけでもないため、住民はアルフレイン王国が攻めてきているのだということにさえまだ気付いていないだろう。
 アンジアがアルフレイン王国の捕虜を人質にとっているように、《イクスキャリヴル》はアジールの民を人質にしているようなものだ。そこに議会が気付くのか、どう対応しようとするのか。
 だが、それはそれとして《イクスキャリヴル》には捕虜捜索の時間稼ぎをするという任務もある。
「……応戦を開始する」
 一呼吸おいてから、アルザードはそう告げた。
 ヒルトを握りなおし、周囲に視線を走らせる。
 取り囲もうと近付いてくる魔動機兵の魔力の流れが、銃口から向けられる殺気のようなものとして《イクスキャリヴル》の装甲に伝わってくる。それはアルザードの肌に指先で触れられたような感触として伝わってきていた。
 機体と肉体感覚の錯覚精度が上がっているように感じられるのは気のせいではないだろう。
 《イクスキャリヴル》は背後に回り込もうと大通りに飛び出した一機の《バルジス》へと振り返り、シュライフナールを構えた。ヒルトのトリガーを引いてマナストリームでシールドランスを形成し、地を蹴る。
 推進器による加速を使わずとも一瞬で距離は詰まり、前方へ突き出すように構えたシールドランスが《バルジス》を貫く。文字通り、そこにあるものを全て削り取るように《バルジス》の胴体が消失する。
 肌に刺さるような殺気に振り向いてシュライフナールを構えれば、《バルジス》と《バルジカス》が銃撃を始める。《イクスキャリヴル》の前面を覆うように展開されたマナストリームの盾が銃弾を掻き消していく。通常の銃器程度ならシュライフナールで防がなくともさほど問題はないのだが、圧倒的な性能差を見せ付ける必要もある。
 そのまま《イクスキャリヴル》を走らせ、正面にいた《バルジカス》を貫いて見せた。
 敵たちの動揺が目に見えて分かる。
 一歩後ずさった《バルジス》が、背後にあった建物に激突してバランスを崩した。建物を倒壊させつつ、《バルジス》自身もそこに身を埋めるように倒れ込む。
「あまり時間もかけられないか……」
 時間稼ぎも仕事のうちだが、戦闘によって都市内に被害を出し過ぎるのも望みではいない。
 《イクスキャリヴル》とシュライフナールをもってすればアジールを更地にも出来てしまうだろう。だが、そういった力だけを単純に誇示するのではなく、制御できているのだということも示さなければならない。
 《イクスキャリヴル》は単なる大量破壊兵器ではないのだ。
 しかし、開けた大通りはともかく建造物が密集しているようなところではシュライフナールの取り回しは悪い。マナストリームを発生させるシールドランスは抵抗もなく建造物を薙ぎ払えてしまうが、それこそが問題点でもあった。あらゆるものへ接触したことに気付くことができない。
「仕方ない」
 シュライフナールを大通りにそっと下ろし、軽く跳躍。
 いくつかの建物を飛び越えて隣の路地にいた《バルジス》の前に着地すると、左手で肩を掴み腹部に右拳を叩き込む。装甲は容易くめり込むように拉げ、操縦席を潰された《バルジス》は動かなくなる。
 周囲から向けられる銃口と殺気から逃れるように、《イクスキャリヴル》は機体を反転させて再び地を蹴る。
 ふわりと建物を跳び越えて、また別の路地に立つ《バルジス》の隣へ着地する。素早く右腰の剣の柄を右手で逆手に掴み、刃を一瞬だけ発生させて脇に立つ《バルジス》をマナストリームソードで貫いた。《バルジス》の右脇腹から左胸辺りまでを極彩色の閃光が走り、穴を穿つ。膝から崩れ落ち動かなくなる《バルジス》を尻目に、《イクスキャリヴル》は再び路地を跳び越え次の敵へと走る。
 ふと見れば、一機の《バルジカス》がシュライフナールに駆け寄り、手を伸ばしていた。持ち帰ろうとしているのか、使おうとしているのか。
 しかし、《バルジカス》ではシュライフナールを持ち上げることすらできない。グリップを握ったところで、手のひらと接続する魔力回路の規格が合わないのは当然のことながら、規格が合っていたとしても出力が根本的に足りないはずだ。
 通常の魔動機兵には重量と大きさも合わない。無反応どころか、持ち上げて動かすことすら一機では叶わないだろう。
 戸惑いを見せる《バルジカス》の前に《イクスキャリヴル》は着地すると、その胴体に剣の柄を押し付け、刃を発生させた。閃光が迸り、動かなくなった《バルジカス》をシュライフナールから無造作に引き剥がし、辺りを見回すように振り返る。
 四方から迫ってきていたアンジアの魔動機兵はその全てが為す術もなく機能を停止していた。
「制圧完了……と言えるか?」
 アンジアはアルフレイン王国への侵攻部隊を国境付近まで下がらせたものの、首都までは戻さなかった。謎の新型機である《イクスキャリヴル》を警戒してのことだが、いきなり首都を襲撃されるとも思っていなかったが故の判断だ。首都防衛の部隊も相応に精鋭ではあっただろうが、もはや通常の魔動機兵は《イクスキャリヴル》にとって敵ではない。
「まぁ、分かりきっていたことだが、遠距離兵装がなくとも余裕だったね」
 エクターのさも当然といった風な声が聞こえてきた。
 今回、《イクスキャリヴル》に射撃が可能な武器は持たされていなかった。
 王都防衛戦の際には間に合わなかったが、その時既にシュライフナールの設計開発は進んでいた。あの時の戦いで使用して壊れたライフルは再設計が必要になり、今回の作戦には開発が間に合わなかったのだ。
 もっとも、仮に調整されたものが完成していても、射線上のものを無差別に消し去ってしまうマナストリームライフルは、いくら敵国とはいえ都市内ではあまり使う気にならなかったが。
「たった今、捕虜の収容場所を確認との報告がありました。制圧と救出が始まった模様」
 マリアの声と共に、アジールの中央から見て北東方面の一画で爆音と煙が上がった。
 収容施設への突入が始まったのだろう。
 《イクスキャリヴル》が首都内の魔動機兵のほぼ全てを引き付け、撃破したことで別働隊は他の目的に専念できる。収容施設の防衛戦力だったはずの《バルジス》らは、圧倒的な戦闘能力を見せ付ける《イクスキャリヴル》を無視できずに出撃し、返り討ちにされた。
「議会への突入も同時に始まっています」
 アジール南東からも煙が上がっていた。
 議会制のアンジアは首都アジールにある中央議会が政治の中枢だ。その議事堂への突入と制圧も始まっているようだ。
「増援は?」
「今のところは確認されていないね」
 アルザードの問いには、エクターの声が答えた。
 ここまでは当初の作戦通りに事が進んでいる。順調だ。
 三ヵ国の主要戦力を一斉に相手した時と違って、かなり余裕がある。
「ん、何だ……?」
 不意に、強い魔力反応を感じた。
 眉根を寄せ、その方角に目を向ける。アジールの南西にある基地施設の方だろうか。
 バイザースクリーンに映る景色が拡大され、通りや建物の合間から覗く基地施設で何かが動いている。魔動機兵の武装から向けられるような魔力反応の感触とは違う。
「議会制圧部隊から緊急連絡! アンジアの試作兵器に稼動命令が出されたようです!」
「試作兵器?」
 マリアにエクターが聞き返す。
「詳細は不明ですが、議事堂制圧直前に議員の一人が命令を強行したとのこと。何でも、発射すれば射線上にあるもの全てを消し去る兵器だとか……」
「マナストリームか……?」
 思い当たるものはそれしかなかった。
 アルザードが《イクスキャリヴル》の望遠機能で見たものも、巨大な砲塔のようだ。砲の口径は直立した《イクスキャリヴル》が丸ごと一機はおさまりそうなほど大きい。そんな巨大な砲がゆっくりと《イクスキャリヴル》の方へと向けられつつある。そして、《イクスキャリヴル》を通じて感じられる反応から、既に魔力の充填も始まっている。
「間に合うか……?」
「いや、突撃はダメだ!」
 シュライフナールを掴み、砲塔へ向かおうとするアルザードを、エクターが引き止めた。
「それがマナストリーム放射兵器だとしたら、ここまで魔力充填が進んでしまっている時点で接近しての破壊は危険だ。充填圧縮された魔素が炸裂したらマナストリームの爆発が起きる可能性がある!」
 《イクスキャリヴル》の観測する魔力反応情報を見たエクターが手早く説明してくれた。
 エクターは南西基地にあるあの破壊砲をマナストリームを発射するものだと断定したようだ。さすがに、いくら《イクスキャリヴル》のミスリル装甲と言えども、物質を自壊させるマナストリームは防げない。
「でも発射までもう時間がないわ!」
 マリアの声に焦りが混じる。口調も素に戻っている。
「かわしてくれ、と言いたいところだが……」
 通信機越しに聞こえてくるエクターの声は珍しく歯切れが悪かった。
 間の悪いことに、砲口の先には《イクスキャリヴル》だけでなく、救出作戦が続いている捕虜収容施設がある。《イクスキャリヴル》だけなら容易に回避ができる。しかし、それは捕虜だけでなくそこで作戦を遂行している救出部隊をも見捨てることになる。
 アルフレイン王国は今、《イクスキャリヴル》を失うわけにはいかない。だからこそ、捕虜との交換で要求された《イクスキャリヴル》そのものを使ってアジールを強襲し、捕虜も見捨てずに済む選択をした。それは、《イクスキャリヴル》がこと戦闘行動においては撃破される恐れがないと踏んだからでもある。
「エクター、一つ聞きたいことがある」
 アルザードは、《イクスキャリヴル》にシュライフナールを構えさせた。
「……マナストリーム同士がぶつかり合ったら、どうなる?」
「僕の理論と計算が正しければ、出力の高い方が勝つはずだ」
「まさか……」
 問答を聞いて、マリアもその意図を察したようだった。
「《イクスキャリヴル》も、捕虜も、救出部隊も、全員無事に帰るにはこれしかない」
 シュライフナールに魔力を送り、マナストリームでシールドランスを形成させていく。
 恐らく、アンジアは分かっている。あれは《イクスキャリヴル》ではなく、捕虜と、その救出部隊を狙っている。
 あれだけの大掛かりで事前に魔力充填も必要な大型兵器では機動力の高い《イクスキャリヴル》に命中させることはほぼ不可能だ。首都の防衛部隊が手も足も出ずに完封されただけでなく、アンジアの部隊以上に都市部に被害を出させずに立ち回った様を見せ付けている。性能差が大き過ぎて既存の魔動機兵では足止めすら期待できないと気付いているはずだ。
 ならばせめて捕虜だけでも全滅させて、作戦を失敗に終わらせようというのだろう。
「俺はエクターの造ったこいつを信じる」
 《イクスキャリヴル》も、シュライフナールも、信頼するに足るだけの性能を発揮している。
 シュライフナールを前面に突き出し、柄を右脇で挟み込み抱えるようにしっかりと固定し、腰を落として《イクスキャリヴル》に身構えさせた。シールド裏のグリップを握る左手と、柄を掴む右手に力を込める。
 意識を集中させ、ヒルトを掴む両手に力を込めてトリガーを引く。
 オーロラルドライブの澄んだ音が操縦席内に高く、大きく響き渡る。シュライフナールの後部に搭載された補助プリズマドライブも唸りを上げた。
 シールドランスを形成するマナストリームが厚みと輝きを増し、虹のような極彩の光が大きく広がっていく。
 《イクスキャリヴル》の背に光を反射して虹を煌かせるマントが現れた。アルザードの意思と送り込んだ魔力に呼応して、オーロラルドライブが出力を上げていく。急激に劣化した炉心内の高濃度エーテルの強制交換が《イクスキャリヴル》の背に虹のマントを描き出す。
 そして、正面に見据えた砲口から光が溢れた。
「アル!」
 マリアの叫ぶような声が聞こえた。
 閃光が壁となって押し寄せてくるかのように、砲口に光が見えた次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
 シュライフナールの放つマナストリームが、試作兵器から放たれたマナストリームとぶつかる。
 刹那、ヒルトを握り締めた手のひらに、凄まじい重圧を感じた。まるで、ヒルトから両手を引き剥がそうとするかのような抵抗感と重みだった。
 真正面から迫ってきた壁に全身を叩き付けられたかのような衝撃。魔素の奔流同士が互いに与えられた魔術命令を実行し、上書きし合ってせめぎ合う。
 その場に残ろうとするシュライフナールのマナストリームシールドを、放射されるマナストリームが削り取ろうとする。表層を削られても、マナストリームシールドは出力され続け、叩き付けられる魔素の奔流を削り取って押し返す。
 視界は白く、輝きに満ちて何も見えない。
 シュライフナールが前面に生み出すマナストリームシールドの極彩の輝きが放射状に後ろへと流れて行くようにも見えた。
 全身に圧し掛かる重さと衝撃は、実際に質量のあるものではない。マナストリーム同士の凄まじいぶつかり合いによって生じる反応が、魔素に鋭敏な《イクスキャリヴル》を通じてアルザードに返って来ているのだ。
 暴力的なまでの圧迫感は、痛みにも錯覚しそうなほどだった。
 バチン、と音がして何度目かの強制交換メッセージが流れる。
 何も見えなくとも目は逸らさない。歯を食い縛り、ヒルトを掴むアルザードを操縦席から押し流そうとするかのような錯覚に抗い続ける。
 人の持つ魔力とは意思の力だ。
 目を逸らし、弱気になれば流される。呼吸さえ忘れそうになる激しい圧の中で、大きく息を吸い、吐いて、ヒルトを握る手に力を込め続ける。
 全てを飲み込もうとする魔素の奔流を、シュライフナールのマナストリームシールドで受け止め、押し留め続けた。
 どれだけの時間が経過したのか、恐らく数分と経っていないだろう。砲塔に充填された魔素が尽き、迫り来る光は減り始め、視界が戻った。
 南西の基地から《イクスキャリヴル》が立つ場所に至るまでの射線上の市街地が跡形もなくなっていた。
 瞬間的に、アルザードは走り出していた。
 シュライフナールにマナストリームでシールドランスを形成させた状態のまま、一直線に砲撃の跡を遡るように駆け抜ける。プリズマドライブ後部の推進器を稼動させ、魔力放射で加速、そのまま《イクスキャリヴル》は砲口に突っ込んだ。
 凄まじい出力のマナストリームを放射したことによって、砲口は溶けたようになっていた。試作兵器と言っていただけあって、二度、三度と即座に使用できるものではなかっただろう。
 それでも、これは破壊しておかなければならないと思った。
 砲口の中に突っ込んで、シュライフナールのマナストリームランスで内部機構を貫く。魔力充填機構を薙ぎ払い、炉心部にも突き込んで引き裂いて削り取る。
 極彩色に輝く槍を縦横無尽に振り回し、試作砲を完膚なきまでに削り潰した。
 残骸に足をかけ、光の消えたシュライフナールを手にした《イクスキャリヴル》に抗おうとする者はいなかった。
「作戦完了だ、アルザード」
 エクターの静かな声が、アジールでの戦いの終了を告げた。
 
 戦闘直後に気を失うという事態こそ免れたものの、それでも疲労感と反動は凄まじいものだった。
 捕虜の救出を終えた部隊と合流し、あらかじめ用意されていた回収用の輸送車両に《イクスキャリヴル》とシュライフナールを乗せた後、アルザードは身動きが取れなくなってしまった。
 最初に《イクスキャリヴル》を動かした後に見舞われたのと同じように反動に襲われて、文字通り体がまともに動かせなかったのである。
 救出した捕虜の状態確認や移送の関係もあり、一応は五体満足なアルザードはエクターたちと合流するまで《イクスキャリヴル》の操縦席で過ごすことになった。
 体が麻痺して自力ではまともに動けなくなっていたことと、疲労感から眠っているうちに、国境付近で待機していたエクターたちと合流し、王都アルフレアへと帰還した。
 王都に着くと、アルザードは《イクスキャリヴル》の操縦席から数人がかりで引っ張り出され、病院へ搬送、《イクスキャリヴル》とシュライフナールは近衛の機体まで動員してニムエ技術研究所へと輸送、整備と修理が行われることになった。
 アルザードは再び、病室のベッドでその後の報告を聞くことになった。
「まずは作戦そのものは大成功と言える成果だ」
 《イクスキャリヴル》の整備と修理の指示を一通り出し終えたエクターがマリアを伴って病室を訪れた。
 あの時点で生存していた捕虜は全員救出ができ、一命を取り留めた者も多い。捕虜となってから助け出されるまでに命を落とした者もいたものの、そればかりはどうしようもない。
 捕虜たちは一度、騎士用の病院に預けられて怪我の手当てや精神面のチェック等を受けてから、その後の身の振り方を決めるそうだ。
 グリフレットやサフィールは無事だろうか。獅子隊の面々のことは気がかりだったが、話を聞きに行くにしても体が動かせるようになってからだ。
「アンジアも全面降伏に応じた」
 議会を制圧したというのもあるが、力を見せ付けたのも大きかったようだ。
 報告によれば、試作兵器の攻撃性能には絶対の自信があったようだが、《イクスキャリヴル》がそれを防ぎ切り、かつ即座に反撃に出て大破させて見せたことで、反抗的だった議員たちは魂が抜けてしまったかのように大人しくなったそうだ。
 《イクスキャリヴル》から後ろにあった都市部が守られたことで、市民の中にはアンジアの姿勢に不信感を抱いたものも少なくないのだとか。
 アンジアはアルフレイン王国に対し、抵抗力を失った。議会を制圧されたこともそうだが、捕虜も奪還され、虎の子だった試作兵器は防がれたばかりか逆に破壊され、残る戦力を投入したとしても《イクスキャリヴル》に対し勝算がない。もはやアルフレイン王国の要求をはねつけようと言う者はいなかった。
「外はお祭りみたいになってるわ」
 マリアが窓際へ寄って、外を眺めながら言った。
 捕虜と《イクスキャリヴル》の交換要求は予想されていた通り、救出作戦実行の三日前ぐらいにアンジアから公表されていた。
 それからざわついていたものの、《イクスキャリヴル》がシュライフナールでアジールへ向け発進すると共にアルフレイン王国は捕虜救出作戦の実行と開始を発表した。その際、先の戦いで国を救った新型機の名称が《イクスキャリヴル》であること、騎手がアルザード・エン・ラグナ上級正騎士であること、今回の救出作戦にも参加していることも公開されたそうだ。
 作戦成功は既に伝えられ、生存者の名簿も病院での確認が終わり次第公開されるらしい。
 今、王都は救出成功とアンジア降伏の報によって再びお祭り騒ぎになっているようだ。
「体が動かせるようになったら凱旋しろってお達しも来てるわよ」
「凱旋か……」
 マリアの言葉に、アルザードは苦笑いを返した。
 実績が実績だけに、いずれそういうことをさせられるのではないかとは思っていたが、現実にやれと言われると何とも微妙な気分だった。名誉なことであるのは間違いないのだが、自己顕示欲の薄いアルザードの気質的にはあまりそういったものには気が乗らないのである。
「しかし王もしたたかだね」
 ベッド脇に椅子を出して腰を下ろし、エクターが呟いた。
「ちゃっかり僕らの所有権を確保している。凱旋の話も、王族の力が健在だってアピールも含んでいるはずだ」
 実際、アルトリウス王はやり手だ。手腕もさることながら、先見性もある。
 三ヵ国連合に攻め込まれたことで一時は批判もあったが、その裏では《イクスキャリヴル》の開発計画に許可を出し、予算を多く割くよう指示を出していたのだとか。
 いつか立地や国力などの関係からアルフレイン王国が他国から侵略を受けるだろうという危惧を以前から抱いており、単なる魔動機兵戦力の拡充だけではない抜本的な対抗策を模索していたそうだ。プリズマドライブや魔動機兵の実用化に際し、エクターとモーガンとの経緯も知り、それから暫くしてエクターの提案した《イクスキャリヴル》開発に繋がる研究を強く推したのはアルトリウス王だったらしい。
「我らが王は優秀だよ」
 アルザードは王の従兄妹であるマリアを通じて、ある程度の人となりは知っている。幼い頃、まだ王を継ぐ前の彼に遊んでもらったことさえあった。
 驕らず聡明で、しかし冷徹に打算や腹の探りあいもできる優秀な人物だ。当代の王として申し分ない。
 《イクスキャリヴル》の運用費を王家が六割負担するという先の会議での話も、エクターを中心とする《イクスキャリヴル》関連の人材や部隊の所有権を王家として主張できるようにしておこうという意図もある。単純に国防戦力やカードとして重要だから今回限りで捨てるには惜しい、という話だけではない。
 《イクスキャリヴル》の運用に関して王家と、騎士団や内政の意向が異なった際、予算を多く割いている王家の影響力の方が強くなる。
 国防だけでなく、王家の剣としても《イクスキャリヴル》はその存在感を発揮できるようになるのだ。
 今は王家と国政が同じ方向を向いているからさほど気にすることではないが、今後その関係に変化があった時にその影響は出てくるだろう。もっとも、そういった変化を抑制する意図も含んでいるのかもしれない。王家と政府、騎士団が良い方向に影響し合って欲しいものだ。
「それで、《イクスキャリヴル》は?」
「本体の方はまた全面的にメンテナンスが必要で、シュライフナールはほとんど作り直しってところかな」
 アルザードの疑問に、エクターは掻い摘んで要点を告げていく。
 《イクスキャリヴル》本体は外見上の損傷は皆無だが、関節や魔力回路には負荷による影響が出ており修理や交換を要する。オーロラルドライブも炉心内の洗浄と魔素補充、高濃度エーテルの循環システムの見直しと最適化調整を行うらしい。
 シュライフナールの方はと言うと、補助プリズマドライブは結晶粉砕により修理不可、マナストリーム発生器もアンジアの試作兵器を防ぐ際に過剰出力展開となったことで劣化と損傷が著しく、修理するよりも作り直した方が早いだろうとのことだった。
「その代わり、貴重な良いデータが採れた」
 修理費は膨らんでいるだろうに、エクターは嬉しそうだ。
「マナストリーム同士の激突とそれに打ち勝った実戦データなんて早々採れるもんじゃない」
 エクター曰く、マナストリームそのものの発想は現在の兵器開発者たちの中にもあったようだが、それを実用化するためのハードルはかなり高かった。触れた物質を自壊させるという魔術命令を与えた魔素の奔流を放つ、という字面だけでも驚異的なのだが、技術的な部分で着目するべきは、発射装置そのものを自壊させずにマナストリームを生成し放たなければならない点だ。
 マナストリームを生成した時点で発射装置が自壊してしまえば発射も何もあったものではない。その場で収束させたエネルギーの発散が始まって周囲のものを自壊させて終わる。
 エクターはアルザードとオーロラルドライブによる莫大な魔力制御性能によって、機構から魔素が外に放出されるその瞬間に自壊魔術を一気に施すという手法を開発した。
 初出撃の際にライフルが自壊してしまったのは、銃口内部のライフリング部分に螺旋状に配置していた回路と魔術式に対し、アルザードが流した魔力量が大き過ぎたのが原因だった。自壊魔術を与えられマナストリーム化した魔素が想定を上回る魔力出力によってエネルギーを増して膨張し、銃口内にも触れてしまったのだ。アルザードとオーロラルドライブによる魔力供給が多過ぎたことで、回路と魔術式は放射が終わるまでは存在できたものの、魔力供給が途切れた瞬間に自壊したのだった。
「あの時の出力記録は君の魔力適性のデータにもなるから、調整と改良が捗るぞ」
「あんな経験は出来ればもうしたくはないな」
 上機嫌なエクターを見て、アルザードは苦笑した。
 光に呑まれそうになる感覚は思い返してみれば恐ろしい。ただただ純粋に、全てを呑み込んで掻き消そうとする力の塊は、搭乗者の殺気のようなものを感じる魔動機兵の武装類とは隔絶した恐怖感があった。
 それを自分は剣や槍として振り回していたわけでもあるのだが、そこには騎手であるアルザードの意思が乗っていると思いたい。
「少し気になるのはアンジアがマナストリームを実用化していた点だ」
 エクターは顎に手を当てるようにして視線を外し、考え込む仕草を見せた。
 《イクスキャリヴル》が試作兵器を破壊していた際の映像やデータを見ていたエクターは、ある程度その構造を把握したようだが、アンジアがそれを開発していたことが気になったようだ。
「兵器としては大雑把なものではあったと思うが、アンジア単独であれを開発するにはもう少し時間がかかりそうなものだが……」
 確かに、アンジアは魔術的な武装よりも実体的、物理的な武装を好んでいる。物量や物資に任せて重武装化の傾向があったわけだが、言われてみればマナストリーム武装はアンジアの気質とは少しズレているような気もする。
 エクターが見た限りでは、アンジアの試作砲塔は攻城兵器のようなもので、複数のプリズマドライブから送り込んだ魔力で炉心内に流した魔素を充填圧縮していき、大口径の砲口内部の回路と魔術式により、そこを通る魔素に自壊魔術を施してマナストリームにする、という構造のようだ。
 理屈としては《イクスキャリヴル》が初出撃の際に使ったライフルをオーロラルドライブに頼らず使えるようにしたものといったところか。
「運用のし難さを考えたら欠陥品だと思うけど」
「《イクスキャリヴル》にも言えないか、それ」
「いやいや、方向性が違うよ」
 エクターの呟きに突っ込みを入れたら、彼は笑って否定した。
 魔動機兵の武装としては運用できない大型兵器となってしまったことで、取り回しが悪く、見晴らしの良い場所では狙っているのが丸見えになってしまう。ほぼ固定砲台のようなものであるため、可動式や移動式の台座部分などを用いて移動や旋回などを行わなければならず、狙いをつけて発射するまでの手間も多い。
 対して、《イクスキャリヴル》は機動性と性能の高さから運用にコストはかかるものの、こと実用性に関しては最高峰だとエクターは力説する。
「それで、あの話はどうするの?」
 熱弁を振るうエクターを制して、マリアが言った。
「あの話?」
「ああ、そうだった、その話もあったんだ」
 アルザードがマリアに聞き返すと、エクターはうっかりしていたとばかりに頭を掻いた。
「《イクスキャリヴル》を中心とした特殊部隊を創設せよってお達しがあったんだ」
「特殊部隊……?」
「《イクスキャリヴル》と連携して戦闘をバックアップする専用の部隊ってことらしいわ」
 マリアが補足してくれたが、単体での性能が突出している《イクスキャリヴル》にとって、専用の部隊というのがあまりピンとこない。
「エクターに何か考えはあるのか?」
「何も《イクスキャリヴル》並の高性能機で部隊を組むって話じゃないよ。今のアルフレイン王国じゃそんなことしたら破産しちゃうからね」
 アルザードの考えを先読みして、エクターは笑った。
「要するに、《イクスキャリヴル》の支援に特化した部隊を編成するってことさ。大丈夫、考えはある。ただ、人選をどうするかが問題なのさ」
 中核となる《イクスキャリヴル》の騎手であるアルザードの見解も欲しいのだという。
 そこから先は会議のような話となっていった。


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