見出し画像

幸福の種と恐竜の化石

                      立川 M 生桃

 尖った塔の先端。グレーのまだら雲を見るお城の最上階。厳かな硬質の石のフロア。やわらかなピアニッシモの雨。午後二時。夕立は去りつつある。

 黄金のプロキアサウルス。
 銀のティラノサウルス。
 銅のステゴサウルス。

 骸骨の三体。そびえ立つ等身大の恐竜の化石が、中心の玉座をトライアングルに取り囲む。

 王女は立ち上がった。徒歩した。窓際まで届いた。巣に籠っていた蟻があちこちでウロウロと活動を始めるように、臣民の全くこれと同じ挙動を見下ろした。王女は心地よい雨と配下の町の景色を眺めつつ、疑問に陥る。

(王女として生誕した我は幸福である。飢えもなし。欲しいと命じた物が次日、足元になきことなし。我は支配者の元に生まれた。支配下の者より支配者のほうが幸福であろう……)

 王女はふいに見上げた。金銀銅の、巨大恐竜に笑われた気がした。

(……だが、この幸福感は他の何者と比べても勝るものか? いや、このようなことに考えが及ぶこと自体が、この幸福感は実は幸福と呼べるものではないのではあるまいか? まさか我は幸福なつもりだけなのやも知れぬ。)

 王女は、四州東西南北の教授を集めた。問うた。
「真実を申せ。幸福とは?」

 東の教授は答えた。
「満足することです。『足るを知る』者のみ、それを得ます。」

 西の教授は答えた。
「競わぬ者達です。彼らは人生を勝ち負けに委ねない。」

 南の教授は答えた。
「感謝です。それが真実であろうと錯覚であろうと、それが幸福です。」

 北の教授は答えた。
「不幸を知る者です。だからこそ彼らは幸福を知り得ているのです。」

 されど、王女は賢く問う。
「それは『幸福』というものの共通項か? それとも『幸福』には色々な様、姿態があるということか? 協議して答えよ。」

 東西南北、四人の教授が協議した。東の教授が代表して答えた。

「王女。それは共通項でもあり形態でもありまする。素数のようなものです。素数は一つの性質を有するように共通項ではありますが、無数に存在するがごとく様々な形態があるのです。」

「では1とは何だ?」

 すると。西の教授が、
「王女。恐れ多いのですが……おそばに寄らせて頂いてよろしいでございましょうか?」

「よろしい。」

「では、」

 王女のそばへ寄り耳元に左の掌を添え、
「それは……」
そっ、と何か囁いた。



 王女は憤怒した。みるみる顔が真っ赤に変色した。
「布令を出す。王国中の『我、自ら王国中にあって一番の幸せ者である』と名乗る者を募れ。それと我が認めた者に億万の褒賞を与えようぞ。」

 南の教授が王女を宥める。
「億万の富を勝ち得た者も決して王女に感謝する者とも限りますまいぞ。」

 王女はますます激昂した。
「それを見分する為に執り行うのじゃっ!」

 北の教授が続いて言った。
「王女。貴女様自らが『不幸』を胸中に抱えてしまうかも知れませぬ。」

 王女は蔑んだ目で静かに揶揄した。
「北の教授よ……。不幸を知る者こそが幸福を知り得るのであろう。」


 王国の臣民の九割以上がこのコンテストとも言うべき御布令に参加した。女は、インスタントな微笑で幸福を表現した。男は、軽薄な教祖のようにわざと重厚に威張って自らの幸福を語った。

 若者達は、男女問わずドラッグの幸福中毒をこれ以上の幸福があるかと挑発的だった。それ以外の者は、オーラも熱意もないと言う理由で直ちに落選した。

 それでも、このコンテストは異常だから結果発表に三年の月日を費やした。その間、城を取り巻く街は大いに賑わった。それでニ年あたりくらいまでは、お膝元の市中から王女を賛辞する声が上がった。

「王女は名君だ。あの御布令は、実は私達貧しき臣民の為になされたのだ。私達は『幸福』を吹聴する者のお蔭で、かつてないほどに生活が潤っている。」

 と。言いつつも、笑うなかれ。全てである。彼ら臣民の全てがこの『幸福大会』には参加していた。布令から三年目には一瞬誰もが忘れていた。その折を見て、王女は目ざとく発表した。

「優勝は『教祖』。準優勝は『インスタント美少女』。3位『ドラッグ』。でござる。」
 西の教授が高らかに読み上げたのである。

 優勝者も準優勝も3位、全部、東と北と南の教授の指金の傀儡であることを王女は勿論知っていた。

 優勝者には黄金のプロキアザウルスと副賞に億万の通貨を、準優勝者と3位の者へは、それぞれ銀のティラノサウルスと銅のステゴサウルスを与えた。しかし、教授の職と称号は剥奪し解任した。
 
 ……王女は学んだ。この布令(コンテスト)に参加しなかった者は、ある年齢に達しない多くの子供達と、ある年齢に達した数少ない老人達であった。あの時。西の教授は言った。

「無知と悟りは似ているのでござります。」

 王女は金銀銅の骸骨を捨て、『幸福の種』を蒔いた。……ほんの小さな種であった。その死後、千年の時を経、王女は『真の名君』と例えられた……

「では1とは何だ?」

「それは。やはり心の中にあります。諦めと言う蛹から生まれた蝶です。予想外の、望外の喜びと言っていい。だが。だから彼らは……王女には期待をせぬ者なのでございます。一切——」

 王女は、それでも老人が子供の心を支え育み、子供が老人の身体を看る前例なき土地と施設を作り続けた。

                               (了)






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?