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性自認について

自分の性自認について振り返りたいなと思って、書くことにした。

初めてかいた小説、いや当時はひらがなもろくに書けない未就学児が、頑張ってメモ帳に書いた小さな物語なので、たいそうに小説なんて呼んでいいものかわからないが、まあ、物語を書いた時。

書いたのは、少年同士の悲恋だった。

今自分で打ってて「は?」となっているので、読んでいる人なんてもっと疑問符を頭に載せていることだろう。

だがこれは事実であり、誇張でもなんでもない。

友達以上の関係の少年が森へ遊びに行ったら、ひとりが泉の女神にさらわれていって、主人公が、その泉の前で居なくなった少年の名前を呼ぶ、みたいな話だった気がする。

5歳、書くものが重い。

その後もずっと、小5で男性向けライトノベルに出会うまでは、「主人公少年の一人称語り+変人の相棒男性の物語」を、キャラはコロコロ変わっても、同じように書き続けていた。

同性愛が人口に膾炙していない日本社会で、しかも12年前だ、10歳弱の子どもが、同性愛やボーイズラブなど知っていることは稀だろう。わたしは、知らなかった。

でも、男性同士の絆や親愛が、わたしが書く物語ではフツーだったのだ。少女キャラも登場させていたが、あくまでも主人公と友情以上の感情を抱かないキャラでしかなかった。

これはいまのわたしの推測でしかないが、物心つく前から、きっと自分の中で、物語の主人公=自己反映させたい存在=少年だったのではないだろうか?

わたしは性を知る前から、少年だったのだ。

パンセクシャルも、物心ついたときには、『そう』だった。ふかきょんと、佐々木蔵之介、両方と結婚してえ!!という気持ちは15年、変わることがない。ふかきょんも佐々木蔵之介も、わたしの芸能人への初恋の相手で、そして今も好きな存在だ。あらら、一途なのバレちまうな!

性自認と個人の趣味嗜好は別物であるのであまり触れないでおくが、まあ世間的に「女の子のもの」と言われるよりは、「男の子のもの」と言われるものの方が好んでいた気がする。今はあまり何も気にしないで、好きなものを買って身につけて生活しているけれど。

自分に違和感を覚えた、あれ、おかしい、なんで居場所がない?

そう感じたのは、中学校のクラスの中だった。

不登校だったのでもともと友達はかなり少なかったが、それでもなんとか頑張ってコミュニケーションをとろうとしていた。だけど、無理だった。

思春期真っ只中。男子は男子、女子は女子でコミュニティがわかれはじめ、そして、カースト上位の女子が男子にちょっかいをかけるようになる、そんな時期だ。

わたしは、話せる性別の人が、クラスの中に誰もいないことに気づいた。

アイドルやアニメの男性キャラ、ラブコメドラマの話で盛り上がる女子グループ。入りたくないわけではなかった。だけどなんというか、少し言い難い話ではあるのだが、女の子を、「同性のクラスメイト」を、かわいいなぁ……と、異性としか見られなかった。

女の子って可愛いな、さわったら、壊れてしまいそうだな。

少年漫画のヘタレ主人公の如く、わたしは女の子に話しかけることができなかった。友達として仲よかった子は何人かいたが、よく女の子同士がやる、ハグや腕組みは、自分からはできなかった。体育の時間も嫌だった。わたしがさわることで、彼女の体を傷つけてしまったら(当時は体重もかなりあったので)と思うと怖くて仕方なかった。

だからと言って男子とも話せなかった。

先も述べたが、わたしの周りでは、男子と対等な立場でお喋りができるのはカースト上位の、気が強い子だちだけ、という感じで。不登校のわたしが男子に話しかけるのは、あまりにも不自然。日直などで話しかけると、なんだか距離を置かれた気も、しないではない。何人かわたしと波長があって、まるで同性の友達のように話してくれた子も何人かいたな。彼らには感謝しかない。今何してるか知らねえけど、ありがとな。

高校に上がったら、さらに女の子と話せなくなった。高校では中学とうってかわって、男女関係なく仲いいクラスだった。そこそこの進学校だったので、みんな賢く、社会性が高かったのもあるだろう。いい人しかいなかった。

だけど

校則が中学とかわりゆるくなり、お洒落に気を使い始める女の子たち。色付きリップ、ミニスカート、手の込んだヘアスタイル。なんて可愛いんだろう、女の子はみんな天使だと本気で思っていた16歳だった。

更衣室はしんどかった。可憐なフローラルの制汗剤の香り、大人っぽい下着をつける子たち。年頃の少女たちは、高校は中学からずっと、(わたしから見た)「女の子度」が格段にレベルアップしていた。

更衣室の端で、みんなに背中を向けて着替えた。

着替え姿を覗けてラッキーと思わなかったの? たまに訊かれる。

ラッキー? いや、地獄だよ。

自分が犯罪者にしか思えない。女の子の聖域に侵入した、異端分子。化けの皮(?)が剥がれて、通報されたらどうしようと心からビビってた。罪悪感で、心はズタズタだった。

その高校にいたのは1年だけだったが、鬱病不登校野郎にしては男子女子関係なくいろんな子とお話ができたと、今振り返れば思う。あの環境に敵は1人もいなくて、ただわたしだけがみんなから離れてしまった。後悔してないと言ったら、嘘だ。

その次に入学した通信制高校では、高校の特性上いろんな子が、年齢も格好もバラバラで在籍していたので、自分のことは何も気にならなかった。年下の男の子数人に謎に慕われたり、最初は無口だった子が心を開いてくれたり、ぶっ飛んだ最高の親友たちとふざけまくったり、やっと学校を楽しめるようになった3年間だった。自分のからだを女子と考えることも、この時はなかった気がする。それほどに開放的で、幸せな空間だった。語尾ににゃーをつけて話す子もいれば、性別不明な子も、一人称がボクの子も、ギャルもマイルドヤンキーもチンピラもいた。そんなカオスな空間は、世間から見れば、落ちこぼれのためのかわいそうな学校なのかもしれない。現に、通信制高校なんて学校じゃないと言ってくる人もいた。

だけどわたしにとっては、そしてあの狭い学校敷地内で笑っていた子たちにとっては、そこは自分が自分でいられる居場所だった。自分って変わり者なのかな、なんて考えたら暇なんてない。みんな変わり者の場所なのだ、そこにはマジョリティもマイノリティもなかった。カーストもなかった。それぞれが自分の世界を爆発させて、笑っていた。

ずっとあの母校が、そんな場所でありますように。

無事に社会人になったら先生たちに会いに行くのが、ひとつ、今抱えてる楽しみの中にある。

大学生になって、体育会の部活に入った。わたしはそこで、通信制高校の3年間で忘れていた、あることを改めて身に感じた。

わたしって、周りから見れば、女の子なんだね。

そんなこと、ないのに。

通信制高校の卒業式のために揃えたレディーススーツ。親友たちと並んだときにはなんの違和感もなかった。

なのに

初めてレディーススーツを着て、部活の集会に行って、男子部員のスーツ姿を見たとき。

おまえは、なんでそれがきれるの。

全身を、悪寒と、戸惑いと、そして嫉妬が満たした。

わたしが着たい、いや、着るはずの、スーツ。

体のラインが強調されないジャケット、スラックス、ネクタイ。そう、それはメンズスーツ。

レディーススーツを着て、パンプスを履いている自分。

メンズスーツの、男子部員。

なんで。

なんで?

なんで!?

わたしだって、そっちなのに

わたしが着るべきものは、そっちなのに

だけどわたしはそれを着ることを許されなくて

なんで、おまえは、おまえたちは、男に、男の体に生まれたそれだけで、私が着るはずの、メンズスーツが着れるの。

自分の格好への気味悪さ、罪のない同僚たちへの怒りと嫉妬。そしてそれを感じる自分が惨めで仕方ない。

その部活ではよくスーツ着用の機会があった。その度に、吐きそうになった。玄関でパンプスに足を入れるとき、呪文のように繰り返した。

『今日は演技をする日だから』

ーーー

部活の打ち上げの二次会で、カラオケに行く機会があった。男子部員9人と、わたし。最初は遠慮しようかと思ってけど好奇心と、あと何より、わたしにとっての同性である男子部員と騒ぎたくて、参加した。

下ネタ言いまくり、変な話しまくり、腹抱えて笑いまくり。楽しい時間だった。

朝5時。会計のとき。あの台詞を忘れることは、一生ないだろう。

「(わたし)は女子だから五百円で良いよ」

側から見れば、気遣い。だけどその台詞が耳を通過した瞬間、わたしのなかで、楽しかった時間のすべてが音を立てて崩れ落ちた。(いや本当にそういうときって、音が聞こえるものだね)

そっかー、ラッキー。そんな感じのことを返しながら、心の中で叫んでいた。

わたしは、ずっとあの部屋で、みんなと同じ性別として、男子として下品な話で馬鹿騒ぎしてたと思っていた。でも現実では、違っていたのだ。わたしは、彼らから見れば、1人だけいるノリのいい女子部員だったのだ。

大学生になったわたしは男子のグループに混ぜてもらえるんだ!

そうウキウキしてた自分は、バカだったのだ。

その部活では昔ながらの男尊女卑システムが『伝統』として採用されていて。それに従うたびに、どんどんわたしの体には「あなたは女の子」という判子が、押されていった。そうしたらなんだか本当にそうな気がして、そっか、自分は女子大生なんだと自暴自棄の「自覚」をするようになって、雑誌や、いわゆる「女子力UP!」みたいな啓発本を読むようになった。

ストレスで、自分を完全に失っていた。

恋愛しないとなのでは? と、趣味の合う先輩に片思いなんてしてみた。部活を辞める際に告白なんてものもしてみた。フラれて思ったことは、「よかった」の一言に尽きた。

2年の秋、心身的にもうたえきれず部活を辞めたわたしは、休学のような形で実家で療養することになった。

あまり記憶がないのだけれど、その時のスケジュール帳には、死にたい、と書いてあったから、希死念慮が浮かんでくるほどの落ち込み具合だったのだろう。

部活を辞めて、「あなたは女の子」の判子を押される機会はなくなった。体からは朱印が落ちていって、わたしのからだはわたしに戻った。戻ったけど、わたしの頭の中にはまだ、女子部員として扱われた日々が残っていて、ふと夜に、寝ようとして瞬間に、おぞましさだけが蘇って、ゴミ箱に吐いた日が何回もあった。

自分が女と思えないわたしの性別は、いったいなんなのだろう。

男の体になれるのなら、今すぐにでもなりたい。

でも手術やホルモンは、わたしのなりたいものとはなんか異なっていて。

手術やホルモンを打つトランスの人々に対して、『違う』と言っているわけではないというのは、ここにしっかり書いておく。わたしにとっては『違う』だけで、大変な手術やホルモン剤を行う彼女たち、彼ら、の生き方を否定しているわけでは、絶対に、ない。これだけははっきりと言っておかないといけない。

わたしにとって、その施術が『わたしには合わないもの』であるだけだ。一応太字にしておこ……

わたしは、なれるのなら、胸も子宮もないからだになりたい。性別のない、からだになりたい。

基本的に女装が好きなので人に会う時は女装だ。わたしがクィアだと知らない女性の友達がわたしをシス女子と思っていても、わたしをわたしとして見て、友達としていてくれるなら、それで何も問題もないと思っている。トイレ以外、たとえばお風呂や着替えは一緒に行くことができないけど、『女友達』と思ってもらって構わない、というのが正直な気持ちだ。騙してるようでごめん、とたまに思って、罪悪感でいっぱいになることがないとは言えないのだが……

男性がわたしをシス女子とみなすのも、仕方ないというか当たり前だと思ってる。女性の体で女性装をしていたら(わたしにとっては女装なのだが)、そりゃあシス女子と思うでしょうよ。わたしがほんとは中身(心と頭)の性別は無性と男性のフルイドで、男性に対しては同性と思っている、と見抜く人がいたらその人は超能力者以外の何でもないさ。

え、だったらもうシス女子として生きていけるじゃん。

ここまでを読んでそう思う人もいるだろう。それは別に変なことじゃない。

だけどな、なんだろ、

当事者やアライ、でひとくくりにするのもアレなのだが、セクシュアリティやジェンダー、いわゆるSOGIの知識と理解があるひとには、わたしは女性ではないということを踏まえて交流して欲しいなと思っている。

うまく言えないのだが、その、いわゆるセクマイと言われる人々と話すこと慣れてる人、その話題に変な気を使わない人に対しては、わたしはクィア感(?)全開で友達になりたいと思うのだ。

同年代の当事者仲間が何人かいる。一回飲み会をしただけで仲良くなった子たちがいる。その子たちと遊んだ帰り道は、ああ、自分を自分として見てくれる友達が、わたしにはいるんだな、と感動して半泣きで帰ったものだ。

また、レズビアンの子と女の子の魅力を語り、ゲイの子と男の体のどこが最高だと盛り上がれるパンセクのわたしは(パンセクでもいろんな人がいると思うが)得をしているのでは!?と自己肯定感を上げられることもできた。

(※ヘテロの女の子の恋話にはなかなか共感できないのはちょっと悔しかったりする。わたしにとって男性は同性であり、同性としてかわいいな、魅力的だなとしか思えないのだ。また、ヘテロ男子と恋話をすると「え!?彼女かわいいじゃん!なんでだよわたしだってこんなにかわいい彼女ほしいわ!うらやましいわ永遠にいちゃついてろ!」と謎にキレる。ちなみに相手がどんな指向であれ、人の惚気や恋話を聞くのはめちゃくちゃ大好きだったりする。もっと聞かせろ)

仲の良いトランスの子が、FtM  MtFはいわゆる「なりたい性別」になるという目的点があるけれど、フルイドだと終わりがないから辛いんじゃないかな、と寄り添いの言葉をかけてくれたことがあった。あの時も、電車で泣いて帰ったな。

非当事者アライでも、わたしをわたしと見てくれる人はたくさんいて、素の自分で接することができる相手が何人もいるわたしは幸せものだと思う。

まとめの文が思い浮かばないな。でもなんだかすっきりした。

男性性自認と無性性自認を持ち合わせるわたしは所謂「両性」なのか「不定性」なのかわからない。

あと、幸せものだと思うと書いたけど、夜にふと、自分は社会の異物なのではと怖くなった泣くことだってたくさんある。

だけどこうして書き出して吐いていくことで、そのうち、自分でもよくわからない「わたし」という「わたし」を愛せるようになったらいいなと、そう願っている。


最後にわたしが今こころに抱えている夢を記しておこう。

今からお金を貯めていって、自分にしっくりくるスーツをオーダーメイドして、最高におしゃれをして、再来年の大学の卒業式で、ゼミのメンバーと写真を撮ること。

それを楽しみに、いまを生きている。



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