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フエギアの沼

香水好きならばいつか必ず辿り着くという、ブエノスアイレス発のフレグランスメゾン。Fueguia1833

「これまで体験したことのない香り」

と表されることの多いフエギアの作品は、芸術や音楽に精通した調香師、ジュリアン・べデル(Julian Bedel)によって世に放たれたもの。そこには彼の生まれ育った南米の自然、それを守ってきた先住民へのリスペクトと、彼の愛する歴史や芸術、音楽など近代文化への讃歌とが絶妙なバランスで表現されている。

尽きることのない豊かなインスピレーションは、現在100種類以上の香りを生み出している。しかも、プロダクトは全て厳選された天然原料のみを使用していて、一つの香りにつき400本の限定生産となっている(!)。完全に自然由来のものだからこそ、生産時期や個体によっても微妙に異なる、時間が経つにつれ香りも徐々に変化していく。まるでワインの世界である。

調香、製造、パッケージ、販売までとことんこだわりぬき、環境にも配慮(製造過程で必要なエネルギーは風力発電でまかなうというこだわりっぷり)。というか原料になる植物を研究しすぎて、広大な独自の植物園「フエギア1833 ボタニー」まで設立しちゃっている。本気である。

東京の店舗に足を運べば、フエギアがいかに顧客の「体験」を重視しているかがひしひしと感じられる。そんな彼の魂のこもったプロダクトを選ぶその過程は、もはや単なる購買ではない。今、ここにいる自分が、過去の記憶や五感、そして今ここにある意思を総動員して、たった一つの香りと出会う、運命の邂逅なのである。

そんな、フエギアの香水。
この世に溢れる「モテ」「万人ウケ」「間違いない」「人気No.1」とは真逆をいく、「誰も知らなかった香り」。その新しい体験に、もれなく私もはまってしまった。

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あまりに魅力的すぎて、前置きが長くなってしまったけれど、今回はそんなフエギアの、100種以上あるプロダクトの中から、私が実際にお試しした香り、好きな香り、お勧めの香り、お勧めできない香りをご紹介しようと思う。たくさん買ってしまったし、これからも集めていくつもりなのだけど、今回は15本を。

香水好きの読者さんに贈る、マニアックなnoteである。

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1◆ルナ ロハ
Luna Roja
Perfume Chord :
Tonic note : Oakwood
Dominant note : Rose
Sub Dominant : Plum
The scent is an evocation to the sensuality of drinking wine in moonlight.香りは月夜の下でワインを飲む至福のときを思わせる。

※基本情報は全てフエギア公式hpより

ルナロハ。たしかに、アマローネみたいなまったりした甘いワインの香り。でもただ甘いだけでなく、濃厚で落ち着いた大人の香り。リラックスしたい、けれどまだ眠りたくない、暖炉を前に、もう少しワインを飲みながら起きていたい。そんな夜のイメージ。そして、そんな時間が好きな人はこの香りが嫌いじゃないと思う。私は気に入ってしまった。


2◆アグア マグノリアーナ
Agua Magnoliana
Perfume Chord :
Tonic note : Magnolia
Dominant note : Jasmine
Sub Dominant : Sandalwood
Deep in the Amazon, a gigantic tree grows. Magnolia Fragantissima is known as the guardian of the rainforest. Its delicate floral fragrance is the Agua Magnoliana.
アマゾンの奥深くにそびえ立つ巨木。それは熱帯雨林の守り神と呼ばれているMagnolia Fragantissima(タイサンボク)。Agua Magnolianaが物語るのは、その繊細なフローラルフレグランス。

これはフエギアのなかでも珍しく「万人受け」というワードで説明されることの多い香り。とても透明感があって、凛とした美しさがある、嫌味のないフローラル。でもありふれた人工的なフローラルでないところが、さすがフエギア。香り高く、濃厚で、ウッディな落ち着きもある。これも好き。結婚式の日とかにつけたい。


3◆ムスカラ フェロ ジェイ
Muskara Phero J.
Perfume Chord :
Tonic note : Pheromone Family
An embodiment of the well-kept secret of desire. An elixir that connects the contemporary concept of a fragrance with ancient instincts and ancestry. Unique blend of the plants from Amazon region and distilled fragrant molecules create an olfactory mask, an “anti-perfume” with a possessing ability to interact with the natural smell of the wearer, building a path for the whole collection.
欲望の隠された秘密の化身。香りの現代的なコンセプトと古代的な本能や先祖とをつなげるエリクサ ー。アマゾン地域の植物と抽出された芳香分子の独特なブレンドは嗅覚のマスクを生み出し、着用者の 自然な香りとお互いに作用し合う能力をもつ「アンチ・パフューム」となり、すべてのコレクションへの道をつくる。

これはすごく説明が難しい香り。
"使用者の自然な香りと相互作用する能力を持つ「アンチ・パフューム」"と説明されているけれど、つまり使用者のもともとの体臭(?)によって異なる香りになるということだ。
肌に乗せる前は、注意深く嗅がないと気づかないくらい繊細な香り。香りなのか?笑 肌に付けると、確かに悪目立ちせず、自然に馴染みそうな香り。何にも喩えようのない香りで、確かにムスクだけど少し甘い気もする。その他スパイシーな香りも遠くに感じるのだけど、どう形容していいか分からない。照会できる既存のデータがない。これはたしかにフェロモン、下着のような香水だなと思った。でも唯一無二、私に合わせて変化するという意味では、なんだか愛着が湧いてしまう。


4◆ラ ルナ
La Luna
Perfume Chord :
Tonic note : Copal
Dominant note : Copaiba
Sub Dominant : Amyris
A night ritual takes place in the selva Lacandona, the fresh copal is offered to the moon Goddess. A celestial light blooms the nocturnal flowers which exited release their intoxicating pheromones.
熱帯雨林ラカンドナで行われる夜の儀式では、生のコパル樹脂が月の女神に捧げられる。神聖な光が咲かせる夜の花からは、人を夢中にさせるフェロモンが放出される。

前面に立つアンバー。鼻を近づけると、最初は男性的な匂いに感じる。女性がつけるとちょっと違うかも?と思うのだけど、夜眠る前に肌に乗せてみたら印象が全然変わってしまった。とても静かで、神聖なのである。そうか、儀式に使うってそういうことなのか。時間が経つにつれ、柔らかくなっていく。なるほど、静謐な月夜に凛と立つ、巫女さん的なイメージでなくもない。日常的に使うのならば、京都や金沢につけていくのに良さそうな香りかも。ルラボのサンタル33のイメージにも似ているような気もするけど、もう少し奥行きがあって、世界観がある。これは好き嫌いで判断し難い。


5◆ラ カウティーバ
La Cautiva
Perfume Chord :
Tonic note : Cassis
Dominant note : Vanilla
Sub Dominant : Civettone
Returning from the “malón” raid, the Indian discovers the perfume of civilization when sniffing his captive’s neck.
アメリカ先住民マプチェ族(チリ中南部からアルゼンチン南部に住む)は、奇襲攻撃から戻ると捕虜の襟元に鼻を近づけ、初めて文明の香りを知った。

捕虜の女性の汗の香りとどこかで聞いて、これはもう試さねば!と決めていた。だってすんごいエロティックなコンセプトじゃない?
汗、汗、首筋、と意識しすぎたせいか、確かに20代〜30代くらいの女性の汗ばんだ甘い香りを感じる。笑 でもそれはオジサンの汗とは全く異なる、ミルキーで、あたたかい、甘い香り。南国のフルーティさを連想するのは、どことなくバニラやココナツみたいな甘さだからかもしれない。けど体臭ぽさもあり、たぶん肌に超自然に馴染むと思う。熱帯の甘い果物みたい。夏に合いそう、と私は思った。


6◆フエギエール
Fueguier
Perfume Chord :
Tonic note : Fig
Dominant note : Galbanum
Sub Dominant : Petitgrain
In the Tunuyan, lunches are laden with Malbec grapes, and are followed by a siesta. Siestas taken in the shade of a fig tree, carried by the midday breeze.
タヌヤンでは昼食にマルベックワインが供された後、シエスタ(午睡)に入る。横になるのはイチジクの木陰、真昼のそよ風が吹き抜ける。

フエギアは「公式の説明と実際の香りが全然違う!」とよく突っ込まれるが、これはわりとドンピシャかと思う。イチジクの香り、イチジクの木の香り。土の香り、木の葉を揺らす生々しい風の香り。これまで嗅いできたものと全然違う、特徴のある香りだ。単純にいい香り!とならず、しばらくはナニコレと考えてしまう。けれどずっと嗅いでいるうちに、情景が浮かぶようでリラックスしてくる。いかにも生活の中にありそうな、自然な匂いで、香水ぽさがない。ヨーロッパで育った人には、ノスタルジーを掻き立てる香りなのだろうか。だれかの家の匂いみたい。休日の昼下がりのピクニックにまといたい。


7◆ビブリオテカ デ バベル
Biblioteca de Babel
Perfume Chord :
Tonic note : Austrocedrus
Dominant note : Cabreuva
Sub Dominant : Cinnamon
Borges’ cedar shelves are lined with books. Heavy leather bookbindings, vellum leaves and the smell of ink. Layers of words, thoughts, time and materials that make up a weathered book, brought to life.
ホルヘ・ルイス・ボルヘスの杉製書棚へ書物が整然と並んでいる。重厚な革の装丁、羊皮紙とインクの匂い。風化した本に宿る幾重にも重なる言葉、思考、時間と物質が息を吹き返す。

檜の木。静まり返った木々の森の中を散歩している時に感じる気持ちよさ、森林浴のような爽やかさがあって、とても清々しい。適度なスパイスや革の匂いが、空間にも似た重厚なレイヤーを生み出している。図書館、といえばそうだけど、とても澄んだ匂いで変なキツさはない。人工のものとは思えない自然さがある。個人的にはメガネをかけた知的な男性につけてほしい。時間が経つと落ち着いてくると、シナモンの甘さが顔をのぞかせるのも素敵だ。


8◆クエントス デ ラ セルバ
Cuentos de la Selva
Perfume Chord :
Tonic note : Bergamot
Dominant note : Benzoin
Sub Dominant : Melissa
The magical places found in a child’s mind, soaked with soul-soothing benzoin and sincere sweetness of melissa. The belief that everything is possible is restored.
子供の心に宿るマジカルな場所。そこには心を落ち着かせるベンゾインと偽りのないメリッサの愛らしい香りが満ち、「やってみれば何だってできる」と再び信じられるようになる。

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