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ー 絵本をめぐる旅 ー 絵本専門士の制作ノートから(2) 『ピゾンカさんのたまご』

一冊の絵本にも、完成して子どもたちの手に届くまでにたどってきた長い道があります。作者は、画家は、どのような想いをその作品に込めたのでしょうか。世界中の数多くの絵本の中から私たちが一冊を選び、日本の読者の皆さんにお届けするには、それぞれに違った理由やエピソードがあります。文化も言語も異なるところで生まれた絵本たち。その翻訳編集では、翻訳家と編集スタッフがキャッチボールを繰り返し、検討を重ねて、原書の表現にふさわしい最善のことばを目指して心を尽くしてきました。
連載「ー 絵本をめぐる旅 ー 絵本専門士の制作ノートから」では、ワールドライブラリーの絵本専門士が作品に込められた想いを紐解き、時には制作時のエピソードも交えながら、絵本の向こう側に広がる世界をご案内します。      

       Pipinella(ワールドライブラリーアンバサダー/絵本専門士)

第2回は、『ピゾンカさんのたまご』(アメリカ合衆国)をめぐる旅です。

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願いを込められた美しい卵たち

華やかに彩色された卵というと、まずイースターエッグが思い浮かびます。その起源となったのが、ピサンカ(ピサンキ、ピーサンカ)という卵。

キリスト教がうまれるよりずっと古くから、古代ウクライナでは、狩の獲物を卵に描くことに始まり、やがて春の訪れと太陽神を祝うものとしてピサンカが作られてきました。ピサンカは幸せと繁栄、安全や健康といった願いをかなえるお守りとして、家族や親しい人に贈られました。ろうけつ染めやエッチングなどさまざまな技法で彩られるようになった卵は、のちにキリスト教の復活祭につながり、イースターエッグとして世界に広まりました。ピサンカは、今でも東欧をはじめ各国で伝統的な手工芸として愛されています。

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ことばのない手紙

ピサンカの絵柄と色にはそれぞれ意味があります。たとえば、太陽は「幸福」「成長」「幸運」。花は「愛」「慈善」「善意」。ひよこや鶏は「ゆたかな大地」「願いがかなう」、波やリボンや帯は「永遠」を表します。赤は「愛」と「喜び」の色、黄色は「復活」。緑は「新たな人生」「繁栄」「富」、青は「勇気」「強さ」「安定」「健康」を示す色。贈る相手に合わせて色と模様を組み合わせ、願いを込めて作ったものだそうです。

ピサンカは家族や友人と交換したり、好きな人に贈ったりするほか、お墓に供えたり、納屋に飾って家畜が子をたくさん産むように願ったり、家を建てるときに地中に埋めたりと、いろいろな場面でおまじないのように使われていたようです。古代から文字の読み書きが一般にも普及する頃までにかけては、人々にとってピサンカは願いや祈りを伝える小さな手紙だったのかもしれません。

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誰よりも特別な存在

原書では” spectacular!”のひとことで表現されているページをどう翻訳するかが、この絵本のいちばんの課題と考えていました。翻訳家のかまちさんと、どんなことばにするのが最適かといくつも案を出して検討しました。ことば選びによってレイアウトのバランスも変わってくるので、デザイナーには何パターンも組んでもらい、細かな調整を重ねて完成しました。できあがったばかりの絵本で読み聞かせをすると、この場面で子どもたちがピゾンカさんの卵に歓声を上げて喜びました。なんとも嬉しい瞬間です。

読んでもらった子どもたちは、ピゾンカさんの卵のような特別な存在に憧れを抱きます。読み終わったときに、あなたはほかのどの卵よりも素敵で愛おしい、特別な、大切な卵だよ、とたくさん伝えてあげてもらえたらと思います。そしてピゾンカさんのように散歩に出かけて、外の世界のいろいろな美しいものや、季節の気配を感じてみてください。


ジュリー・パシュキス
 
アメリカ・ペンシルベニア州で育つ。コーネル大学およびロチェスター工科大学(RIT)のスクール・フォー・アメリカン・クラフツメンで学び、美術学士取得。小学校の美術教師を経て、現在は専業で絵画やテキスタイルのデザイン、子どもの本の挿絵を手がける。作品に『ひらめきの建築家ガウディ』(光村教育図書)、『ほーら、これでいい!―リベリア民話 (アジア・アフリカ絵本シリーズ アフリカ) 』(アートン)がある。卵が好き。ピサンカ(イースターエッグ)を作るのも好き。ワシントン州シアトル在住。
かまち ゆか   
福岡県生まれ。福岡女子大学文学部英文学科卒業。外資系保険会社に勤務したのち、翻訳学校で文芸翻訳を学ぶ。訳書に『ちいさなペンギンがはじめておよぐひ』『ちいさなしずく』『こぐまくんのはじめてのぼうけん』『123のゆめみてる』『ブックモンスター かじり屋ニブルス』『かじり屋ニブルス モンスターハント』『すてきなうちゅうへ』『Airport みつけてあそぼう 空港ってどんなとこ?』『アボカドくんのなやみごと ぼくってなあに?』『せかいいちのロボット ジップ』(すべてワールドライブラリー)、『マイ・ヴィンテージ・ハロウィン』(共訳/グラフィック社)などがある。趣味は旅行と食べ歩き。やまねこ翻訳クラブ会員。横浜市在住。