無題

【追憶の旅エッセイ#26】海辺の街ジェラルトンに惚れ込んだ、沈没カップルの話

世界は広い、広過ぎる。

惚れ込むような街に出会うことは、愛するパートナーと出会うのと同じくらい奇跡的なのではないか、と思うことがある。

そしてその街を愛し続けるのもまた、同じパートナーを愛し続けるくらい容易ではない。

そんな風に思い巡らすきっかけの話は、オーストラリアのとある街。

西オーストラリアの州都、パースより約420km北上した場所にあり、私にとっては前エッセイの「ハット・リバー王国」へ行くために数泊しただけの街だ。

名前をジェラルトン、という。

ジェラルトンは西オーストラリアを北から南下してきた旅人にとって、久し振りの都会や文明を感じる、現代都市だ。

旅帖によると私は、人々が信号を使っていることや、スーパーが3つもあることに感動しているほどだ。

写真にさえ残っていないけれど、確かこの街は湾岸都市でシティ中心部はリゾート感が漂い、開放的な雰囲気だった記憶がある。パームツリーが並ぶ可愛い街並みに、田舎ばかり旅していた私の気分は躍り出しそうだった。

またこの街で滞在した宿が素晴らしかった。

街と同じく陽の光が燦々と降り注ぐ、開放的な共同スペース。キッチンに無料で遊べるプール(ビリヤード)台が置かれたリビングに大き目のテラス。ビーチフロントという立地のため、ビーチを見ながら食事ができるテーブルも設置されていた。

なにより一日目にして名前を覚えてくれたスタッフのおかげで、人々はそれぞれ顔見知りになるのに時間はかからなかった。

そんな中知り合ったのが、ワーキングホリデーでやって来たばかりだというのに、パースから北上してすぐこの街に出会ってしまった言うサヤちゃん(仮名)。

「サヤな、ジェラルトンに恋に落ちてん。もう多分ワーホリの最後までここで過ごすわ♡」

メロメロという感じで彼女は言い、同じようにこの土地に沈没(心地良さに動けなくなり旅先で動けなくなること)しているよーすけ君は、そんな彼女をにこにこと見つめていた。

サヤちゃんとよーすけ君は、働くでもなくこのジェラルトンのこの宿でただ時間を過ごして早数ヶ月が経とうとしている。

サヤちゃんは自分のことを名前で呼ぶような、ギャルっぽい都会っ子だったが、この大らかな湾岸都市の雰囲気にすぐさま心掴まれたみたいだ。

そんな可愛いサヤちゃんに、きっとよーへい君は恋に落ちてしまったんじゃないかな。とにかくいつも2人は一緒にいたし、この宿で出会ったとは思えないほどその佇まいは昔からの関係のようにほのぼのしていた。

私はジェラルトンを思い出すたび、彼女たちを思い出す。

ビーチが目と鼻の先という立地だから、海の幸は豊富だった。

スーパーで買って皆で料理することもあったし、よーへい君はほかの旅人の男の子が来たら釣りに誘い、なにかが釣れたらサヤちゃんとよーへい君は一緒にキッチンに立った。

サザエやかにスープをおすそ分けしてもらったこともある。まるで、海辺の街に住む友人に夕食に招かれたような気分で、いつもご馳走になった。

私はずっと旅を続けていたから、素敵な街にもたくさん出会ったけれど、その街でワーホリという貴重な一年を過ごしてもいいと思えるほどでは、なかった。
私はいつも(ほかにもっと素敵な街があるかも!)という思いに、突き動かされるように旅してきた。

だからサヤちゃんのように、旅の予定を中断してまで腰を落ち着けようと思える街に出会えた彼女が、心の中では少しだけ羨ましかったりもした。

しかもサヤちゃんにはそんな思いに寄り添ってくれる、よーへい君もいる。

もちろん私は自分のダイナミックな旅を誇りに思っていたけれど、裏を返せばまだ出会えてないだけ、なんだよな、と。苦笑

私は数日でジェラルトンを出発した。

出発前夜に話したときのサヤちゃんの、「私、ここで仕事探そうかなぁ♪」という言葉が、バスの中でリフレインしていた。

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