#35 ティーチングとコーチング
教育についてのとらえ方の一つにティーチングとコーチングがあります。ティーチング(教)とコーチング(育)を合わせて「教育」とする考え方です。いろいろなとらえ方、考え方はあるにせよ、ティーチングもコーチングも教育には不可欠な要素であることは間違いありません。
まず、ティーチングは文字通り「教えること」です。現代は「知識基盤社会」と言われています。その知識基盤社会とは、「新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す社会」であると定義されています。その「新しい知識・情報・技術」を教えるのが学校であるという位置づけになるかと思います。
その知識基盤社会で必要な知識・情報・技術は、これまでのように教師が知っていることだけを教えればいいというわけにはいかなくなってきました。なぜなら、子どもたちが活躍する未来は、今の大人の想定をはるかに超えたものであることはまちがいないからです。そう考えると、子どもたちに必要なものは、自分で課題を認識して、自分で方法を考え検証して解決していく力です。それを身に付けさせるには、教えるだけでなくコーチングが不可欠になってくると思います。
学校教育では、小学校に上がったばかりの1年生にとっては、当然ティーチングの部分が圧倒的に多いかと思います。生活経験が乏しく、まして学習経験のない1年生に自分で考えてとか、自分で判断して学習を進めることは不可能です。したがって当然「教える」「教え込む」ティーチングによる基礎基本の定着の要素が多くなることは仕方のないことです。
しかし、子どもがその成長と共に生活経験が豊かになり、学習経験を積み上げてくると、教師側の役割としてコーチングの部分が次第に多くなってくると思います。それは指示されたことをこなしてきた学習から、与えられた物の中から自分で必要なものを選び、さらにそこから新しいものを創っていく学習、つまり「自ら学んでいく能力」が求められるようになっていくからです。
その時に教師に求められることは、子どもたちに常に「なぜ」を繰り返す癖を付けてあげることだと私は思います。このなぜを突き詰めることは、「分析して本質をつかむ」ことに他なりません。我々教師の役割は、子どもと社会をつなぐ触媒になることだと思います。子どもが成長の次のステップに踏み出そうとしている時、その本質を見誤ることがないように指導していくことが、まさしくコーチングだと思います。
コーチングでは、基本的に「教える」「アドバイスする」ことはしません。その代わりに、「問いかけて聞く」という対話を通して、相手自身から様々な考え方や行動の選択肢を引き出します。ですから、コーチングとは、「問いかけて聞くことを中心とした"双方向なコミュニケーション"を通して、相手がアイディアや選択肢に自ら気づき、自発的な行動を起こすことを促す手法」です。
極端な話をすると、ティーチングで私が知っていることをすべて教えたとしても、子どもの知識は最大でも私とイコールになるだけです。それ以上の飛躍はありません。それを超えさせるのがコーチングだと思います。スポーツの世界では、現役時代に輝かしい活躍をしていなくても、指導者になってから名選手や名アスリートを育て上げる名監督や名コーチがたくさんいます。自分の現役時代をはるか超えた選手を育て上げることができるのは、まさしく見事なコーチングの結果だと思います。
ティーチングによって知識を得た子どもたちが新しいことにチャレンジする時、自分で何かを創り出そうとする時、子どもの意見を引っ張り出していく。何か壁にぶち当たった時も、「ここが問題だよ」とは教えずに「何を問題だと感じるの?」と訊く。「何が問題かわからない」という答が返ってきたら、「理想は?現実はどう?そのギャップは何?」と訊いていく。現状を認識していなければ「問題」を感じることはありません。また理想のないところにも問題は発生しません。人が問題を感じるには、現状と理想のギャップを認識できた時に、はじめてそれを「問題」として感じるのだと思います。こうして問題を具体的に明らかにして、「その問題は何があれば解決できるの?」とさらに訊く。コーチングの最終目的地は自分で問題を認識して自分で解決していく「セルフコーチング」ができるようになることだと言われています。セルフコーチングができるようになると言うことは、自ら問題を認識し、それを自ら解決していくことに他なりません。それをできるようにしていくには、教師が子どもたちに常に「なぜ」を繰り返す癖を付けてあげることだと思います。ですから、子どもたちの主体性を育てる上でも、子どもたちに教師が適切に関わりコーチングしていかないと、ただ時間と場所だけ子どもに与えるだけの放任と同じ状況になってしまいます。そのことを、心理学者の加藤諦三氏は次のように言っています。
-『自由に育てる』というのは聞こえがいいですが、実際には指導方法を知らない、ということが多いようです。- 加藤諦三(心理学者)
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