アラサー、ひとりカラオケで泣く。
週3日勤務になり、平日も自由に動けるようになった私。
現状の平日の過ごし方は、かなりユルユル。
休んでいる目的が「自分がワクワクすることだけやってどうなるか体験する」ということなので、その時の気分で「やりたい!」と思ったことをやる、という気まぐれな平日を過ごしています。
ということで、平日休み2日目は、思い立って「ひとりカラオケ」に行きました。
私は高校時代バンドのボーカルをしていたり、社会人になってからもギター弾き語りでたまに歌わせてもらっていたりと、歌うことが好きです。
独身の頃は、ストレス発散のために「ひとりカラオケ」もよく行っていたのですが、最近はだいぶご無沙汰でした。
ですが、時間ができたら急に「歌いたい〜!」という衝動が湧いたわけです。
久しぶりの「ひとりカラオケ」は、相当はっちゃけました。
おそらく「一人客は角部屋に通してあげなさい」というマニュアルがあるのでしょう。
まったく人目が気にならない、一番奥の端っこの部屋で最高でした。
基本姿勢はスタンディング。
時には髪の毛を振り乱し、壁に手をつきながら上半身をのけぞらせ(伝わりますか?笑)、大熱唱。
4畳半の寂れたカラオケルームが、私の目にはアリーナに見えました。
そうやって大熱唱を続けること30分、急にぐぐぐっと込み上げるものがありました。
そう、なんだか、涙が出そうになったのです。
カラオケで一人、髪を振り乱しながら泣いているアラサー、なかなかやばいですね。
仮に、店員さんが間違えて入って来ようものなら、一生のトラウマです。
でも、涙といっても悲しいものではなくて。
「あぁ、私、生きているな・・・」って、嬉しさが込み上げてきた感じだったんですよね。
歌って、私にとっては「自分」を表現する手段なんです。
小さい時からなんとなく歌うことが好きで、学生時代に「何か自分にしかできないことで自分を表現したい」と思ったとき、選んだのが歌でした。
今でも、歌を歌うと、腹の底に眠っている自分の「生命力」みたいなものが疼くのを感じるんです。自分の喉元を通って、熱を帯びて、世界に発散される、そんな感じ。
その感覚は、忙しく会社の仕事をしている時には感じられなかったものでした。
もちろん、仕事=自己表現になっている人であれば、仕事で「生命力」の放出を感じられる人もいるんだろうけど、私の場合はそうじゃなかった。
仕事していると、常識とか、論理とか、「あるべき」とか、そういうもので動いていた。
でも、私は、もっともっと自由に、腹の底から湧き上がるものを表現していきたいんだ。きっと。
そんなことを思いながら、泣きながら歌っておりました。
1時間のオンステージを終え、カラオケ屋を出る時。
ここしばらく味わっていないような清々しさを感じました。
例えるならば、サウナの後に水風呂に入ったような。まぁ、私は水風呂嫌いだからわかんないけども。
自分の中の無駄なものが削ぎ落とされて、シンプルな「自分」に戻れたような感覚でした。
ワクワクすることだけやると決めた、平日休み2日目。
「ひとりカラオケ」という、一見すると何の意味もなさそうな行為でしたが、さっそく心の変化が起きました。
自分が、何をしているときに「生きている」って実感できるのか。
もう少し探してみたいと思います。
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