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「私の幸福論」教養について

卯月最終日。

一応連休中だし。と、
毎朝5分読書を大幅に拡大し本読みを楽しんでいる。
読みたい本を読みたいと思うだけ。

先日から熱心に読んでいる「美しい日本の私」(川端康成著)は、
日本語の美しさにまいってしまって、もうすぐ読み終わってしまうのが惜しい。
「雪国」も数十年ぶりに読み返しているけれど、
随筆の方がことばが沁みるように感じるのはなぜだろう。

最近また読み返している「この世 この生 ―西行・良寛・明恵・道元―」(上田三四二著)の文章の美しさとともに、
そういえばここのところ、
美しい文章とかきれいな言葉を渇望している自分を自覚する。

挫折しまくっていた源氏物語を原文で読み始めて(もちろん現代語訳も注釈も一緒に読む)、
そのリズム感と言葉の美しさに思いのほか読み続けられそうな気がして驚いている今日この頃、日本語について少し考える。

ずっと気になっていた「私の國語教室」(福田恆存著)を手に取った。

難しいのは重々知っていたけどやっぱり難解で、
これは朝5分読書に回さねば読了できそうにないと思いつつ、
同じ著者の「私の幸福論」を手に取る。

この本は!とても興味深くて、時間を忘れる。

昨日読んだ「教養について」書かれた文章はたいそうおもしろく、
今日もまた読み返す。

引用するにはあまりに長いので要約したいが、
いつもながら間違いのないようお伝えする自信がない。

いつかそんなことが(本を要約して誰かに伝える)できるようになるだろうか?上手にできている人いるよね。

「教養について」の最後の一文。読書法について。

そういうふうに自分を主張しながら、行間に割りこんでいかねばなりません。それが知識にたいして自分の居場所を打ち立てるということです。本はそういうふうに読んで、はじめて教養となりましょう。

「私の幸福論」福田恆存著

私の読書は教養になっていないな。笑
藤井あき乃

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