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日本の美術教育の歴史


海外の美術教育について調べている間、ふと、日本の美術教育の流れはどうなっているのかな?と思い立ちました。

大学では一つ一つに関しての基本的内容は学びますが、流れで学ぶ機会がなかったため、一度その歴史についてまとめてみようと思いました。

戦後までの日本の美術教育は簡単に以下のようになっていたようです。

毛筆画の時代(明治20 〜30 年)
新定画帖の時代(明治43 年〜昭和6 年)
自由画教育運動の時代(大正6 年〜昭和11 年)
尋常小学図画の時代(昭和6 年〜15 年)
国民学校令の時代(昭和16 年〜20 年)

明治:西洋模写→臨画
実用主義で、教科書の絵を模写する臨画が美術教育の基本となる。
日本発の美術教育の教科書『西画指南』はイギリスのロベルト・スコットボルンの著書を翻訳したもの。点、線、形、明暗とかなりメソッドに沿って描き方を教える。

大正:自由画教育運動
大正7年
に版画家である山本鼎が講演「自由画教育の奨励」をおこなう。
描き方の習得を重んじる臨画ではなく児童中心主義を唱えた。

戦時中(昭和):国家主義を強調した教材や軍国主義的教材。愛国心教育
軍国主義、全体主義の中で、愛国心を子供達に教育するため美術の教科書が使用される。1941年国民学校の教科書『エノホン』が出版。


戦後:児童生徒中心主義
戦後、久保貞次郎らが子どもの想像力と個性の発達を目指す創造主義美術教育運動を全国的に広めた。
1958年(昭和33年)中学校学習指導要領が告示。

この後、ひとつづつ詳細に関してまとめていければと思います。

今回はここまで。


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