ひらがなだらけの手紙 「ひよっこ」世津子の哀しみ


 NHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」は小道具の使い方もうまい。8月7日放送の第109話では、ひらがなだらけの手紙が一途さと切なさを物語った。

 昭和40年代初頭、庶民の意思伝達手段は手紙だった。縦書きの白い便せん、茶封筒など、リアルな懐かしさを持って描かれる手紙は、登場人物の性格や背景までも伝える。

 第109話には主人公みね子(有村架純)宛の二つの手紙が出てきた。一つは、みね子の行方不明だった父・実(沢村一樹)を保護し、同居していた俳優・川本世津子(菅野美穂)からのもの。もう一つは、その父の行方を一緒に探してくれた茨城出身の元巡査・綿引からのもの。

 川本は、実の病気について、彼女が調べて知り得たことを報せてきた。その手紙は、衝撃的なことに、ひらがなだらけだった。小学校低学年レベルの漢字しか使っていない。ああ、この人は学がないのだ、と視聴者には分かる。華々しく活躍しているが、子役から芸能界にいたこともあり、おそらくきちんとした教育を受けていないのだ。

 その乏しい知識を総動員して書いたであろう手紙が、痛々しい。学校には通っていないから、難しい漢字は書けない。でも、ていねいに一文字一文字、一生懸命、きちんと心をこめて書いたことが分かる字面だ。

 手紙は、彼女にとって実の存在がいかに大きかったかということに、改めて思いを致させる。学校に通えなかったなら、普通の人が当たり前に得られる小中学校時代の友達も少ないに違いない。誰もが「俳優・川本世津子」としてしか扱わない。ただの一人の人間として接してくれる人はほとんどいない。川本が実を拾った日、「私を知らないの?」と聞くと「すみません」と答えた彼の存在が、どれほど貴重だったのか。どれほど心安らぐものであったのか。プライベートを知り、心許せる数少ない人の一人だった実との別れは、どれほどつらかっただろう。その平穏をできれば手放したくはなかっただろう。そう思いをはせると、手紙から悲しみがにじみだす。見ているこちらも泣けてくる。

(「ひよっこ」に関係はないが、ひらがなだらけの手紙といえば、思い出すのは野口英世の母シカの手紙だ。遠くに暮らす息子へ、どうしても一目会いたくて、ほとんど文字の書けない母が、ひらがなでたどたどしい手紙を書いた。「はやくきてくだされ」が4度も繰り返される、あの一生懸命な誠実さを思い出す。)


 もう一人の手紙の主、綿引元巡査は、警察官らしい、ごつごつと力のある文字だ。ボールペンで書いたと思しき強めの筆圧で、はっきり、しっかりと書かれている。筆跡はカクカクととんがり、曲がったことが嫌いだろうことや、正義感や意志が強いであろうことが、なんとはなしに伝わってくる。

 前週にはみね子も手紙を書いていた。茨城で農家を守る母へ、父を見つけたこと、記憶喪失だったことを知らせるためだ。その時のみね子は、鉛筆で書いた。漢字も使うけれど、あまり難しい単語は使わず、小学校の書き取り練習の時に書くような、丁寧な字だった。まじめにきちんと暮らしていることが見て取れる、いかにもみね子らしい書き文字だった。

 手には性格が表れる。三者三様の手紙は、うまくそれぞれの境遇や性格を表していた。「さすがはNHK、芸が細かい」と、悔しいが泣かされた視聴者の一人として思う。


(2017・8・7、元沢賀南子執筆)

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?