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オン・オフの境界線を曖昧にする働き方とは?「星のや東京」が提案する、日本旅館ならではのワーケーション

コロナの影響で、新しい働き方が急激に浸透しつつある日本社会。最近では、「ワーケーション」(ワーク+バケーション)という言葉が注目を集めるようになりました。そんな中、ホテル業界で新たな価値提供に挑戦しようとしているのが、星のや東京です。

星のや東京は、星野リゾートが手掛ける宿泊施設で、2016年に大手町で開業しました。コンセプトは「塔の日本旅館」で、リゾートホテルが多い星のやとしては珍しい造り。地下2階~地上17階の縦の空間に、日本旅館の要素が存分に散りばめられています。

さまざまなホテルがビジネスワーカー向けのプランを展開する中、日本旅館ならではのワーケーションには、どんな魅力と可能性があるのでしょうか。星のや東京の総支配人・赤羽 亮祐(あかはね りょうすけ)さんにお話を伺いました。

Zoo,キャプチャ

赤羽 亮祐さん

都心にいながら楽しめる、本格的な日本旅館。コロナで利用シーンに大きな変化

── はじめに、星のや東京の特徴を教えてください。

最大の特徴は、大手町という都心のど真ん中で日本旅館を楽しめる、という点です。

実は、オープン前の計画では、星野リゾートがこれまで各地でホテルを運営してきた知見やノウハウを活かして、従来のようなホテル型の宿泊施設にする案もありました。しかし、東京にはすでに外資系のラグジュアリーなホテルがたくさんあります。ここは新しい挑戦ということで、あえて日本旅館で勝負しよう、という運びになったんです。

【星のや東京】外観見上げ_夕景ヨコ(メインビジュアル)

── ビル型の日本旅館というのも、なかなか珍しいですよね?

おっしゃるとおり、一見すると日本旅館らしからぬ外観ですよね。実は、1フロア=小さな日本旅館と見立てて設計をしています。

一般的なホテルだと、共用スペースのフロアと客室フロアは、完全に分かれていることがほとんどです。一方、星のや東京は1フロアに6つの客室があり、中央に「お茶の間ラウンジ」という共用スペースを設けています。各階に共用スペースを設けることで、1フロアごとの独立した日本旅館のようになっているんです。

ホテルだとお部屋の外に一歩出るとパブリックスペースのため、身なりを整えたりしなければいけませんが、日本旅館の場合はお部屋の一歩外に出てもお部屋のようにくつろいでいただけます。星のや東京では、お客様に滞在着(簡単に着脱できる着物)をお渡ししていて、ぜひ館内の共用スペースでもお召しいただくようにと勧めています。

【星のや東京】客室_菊_全体

客室

【星のや東京】お茶の間ラウンジ

お茶の間ラウンジ

また、都心にいながら本格的な温泉を楽しめるのも、星のや東京ならではの特徴です。

宿の地下から湧出する大手町温泉の源泉を引き込み、宿泊客様限定の温泉をご用意しました。ビル最上階にあるという珍しさもあって、非常に好評をいただいています。

【星のや東京】露天_夜

最上階にある露天風呂

── そんな星のや東京ですが、コロナによる影響はありましたか?

コロナ前は、大手町という立地もあって、海外からお越しになるお客様が非常に多かったんです。東京観光はもちろん、日本への出張時の定宿としてご利用いただくケースもありました。

しかし、世界的にコロナの流行が拡大した3月頃からは、海外からのお客様が激減してしまいました。この頃は粛々と営業を続けていたのですが、当然ながら予期せぬ事態だったので、私たちとしても非常に苦しい時期で。4月8日に発令された緊急事態宣言を受けて、20日間の休業を決めました。

その間、星野リゾート代表の星野も含めて、三密回避を前提とした今後の施設運営についてじっくり議論を重ねました。客室でのチェックイン実施やご入館前のアルコール消毒・検温などの感染症対策をしっかり取った上で、ゴールデンウィーク前に営業を再開。徐々にご予約も増え、多くのお客様にお越しいただけるようになりました。

── コロナ前と比べて、客層も変わりましたか?

がらっと変わりましたね。移動の自粛などもあって、まだ海外や国内遠方からお越しになる方は少なく、現在は7~8割が東京都のお客様です。

最近では、観光目的での宿泊よりも自宅以外での休息の場として、またビジネスシーンでの利用、いわゆるワーケーションでご活用いただくことが増えてきました。

オン・オフの境界線を曖昧にする。ワーケーションの本質は、仕事をより豊かにすること

── さまざまなホテルがワーケーションのPRを展開していますが、星のや東京ならではの醍醐味はありますか?

パブリックスペースとプライベートスペース、それぞれをお客様ご自身で自由に使い分けできること。それが、星のや東京でのワーケーションの醍醐味です。

星のや東京は、客室とお茶の間ラウンジが1つのフロアにまとまっているので、パブリックとプライベートの境界線が曖昧になっているのが特徴。お部屋で仕事、お茶の間ラウンジで休憩という使い方はもちろん、逆にお部屋で休憩、お茶の間ラウンジで仕事、という使い方もできるんです。これは、パブリック・プライベートが完全に分かれている通常のホテルだと、なかなか体験できないと思います。

【星のや東京】お茶の間ラウンジ_イメージ

── 仕事と休憩の境界線も、曖昧になっていくんですね。ちなみに、ワーケーションで宿泊する方は、どんな使い方をされているんですか?

今はお一人様が多いのですが、数名で1フロア6室をまるっと貸し切って宿泊されるケースもありました。長期だと、計12連泊でじっくりお仕事に集中されたり。お子様と一緒に、家族サービスを兼ねてお越しになる方もいらっしゃいましたね。

お茶の間ラウンジでは、PC作業やミーティングをしたり、ごろ寝をしたり、お食事の時間に集まったりと、さまざまな使い方で活用いただいているのをお見受けします。

また、お茶の間ラウンジは24時間利用可能で、お茶菓子やおせんべいなどを常時ご用意しているほか、朝の時間帯には、おむすびとお味噌汁をご提供しています。ご朝食後にお茶などを召し上がりながら、一日のスケジュールを確認される方もいらっしゃいます。

【星のや東京】お茶の間ラウンジ_おむすび1

朝の時間帯に楽しめるおむすび

── ワーケーションについては、世間でもいろいろな意見が飛び交っていますが、星のや東京としてはどう捉えていますか?

日本人は「勤勉な国民性」と言われているように、仕事は仕事、休みは休みと、はっきり区別されている方が多いですよね。一方、海外では仕事と休暇をミックスさせる働き方が、比較的当たり前になっています。ワーケーションという言葉も、日本ではまだまだ新語扱いですが、アメリカではすでに馴染みのあるワードになっています。

私たちは決して「ワーケーション=休みの日に仕事をする」ことだとは思っていません。ワーケーションはあくまで、仕事をより豊かに、効率的に、楽しくしていく一つの手法です。あえてオン・オフをはっきり分けずに、両者がグラデーションになった状態でこそ、インスピレーションが引き出されたり、独創的なアイデアが浮かんだりします。

今回のコロナをきっかけに、働き方や仕事に対する価値観もどんどん変化しています。海外のように、日本でもワーケーションがニューノーマルな働き方になっていくかもしれません。これまではワーケーションに挑戦するきっかけがなかった方も、今なら積極的に活用しやすいタイミングだと思うので、ぜひこの機会に多くの方に体験していただけたら、と思っています。

【星のや東京】玄関1ヨコ

マイクロツーリズムの流れを見据え、東京の魅力を再発見できる日本旅館へ

── 星のや東京で、これから取り組んでいきたいことはありますか?

未だコロナ収束の見通しが立たない状況下なので、星のや東京にご宿泊されるお客様は、しばらくは東京都内や近郊からお越しになる方が大半だと思います。代表の星野も、近場での観光を楽しむ「マイクロツーリズム」を提唱しています。日常のなかの隠れた非日常を体験できるような、よりインスタントな旅が今後増えていくでしょう。

これからは、感染症対策をはじめとする安心・安全の保証を大前提として、星のや東京のオリジナリティをどう出していくか、が大事になってくると考えています。

── 星のや東京のオリジナリティ、と言いますと?

星のやブランドは、国内外9箇所に施設を構えているのですが、それぞれが立地を活かしたセールスポイントを持っています。たとえば、星のや富士ではキャンプファイヤーの薪割り体験があったり、星のや竹富島では三線のレッスンをお楽しみいただけたりと、そこでしか味わえないオリジナリティで魅力を訴求してきました。

しかし、星のや東京は大手町という立地から海外のお客様にお越しいただく機会が多かったたため、「東京らしさ」というよりは「日本らしさ」を意識した宿泊施設になっていたところがあります。つまり、日本旅館というだけで十分日本らしさを表現できていたんです。

また、これまでは「観光ついでに泊まる」という利用シーンが多く、いかに快適にご宿泊いただくかを重視してきました。しかし、これからは日本人のお客様、しかも近場からお越しになる方が増えていくので、改めて原点に戻り、ただ泊まる場所というだけではない、星のや東京ならではの付加価値を提供していく必要があります。

最近はお客様からも、「コロナの中せっかく泊まりに来たのだから、もっと宿泊を楽しみたい」というお声をいただくようになりました。こうしたご要望にお応えできるよう、館内での体験型アクティビティやコンテンツを企画しています。

── 具体的には、どんな企画を考えているんですか?

東京にいながら知らなかった、東京の魅力を再発見するというテーマで、いろいろとアイデアを練っています。まずは神田・日本橋・人形町の3エリアにしぼって、この地域ならではの江戸情緒や、紡がれてきた文化・歴史を伝える取り組みができないかと考え、まさに今準備を進めているところです。

星のや東京でしか体験できないアクティビティを増やすことで、今後アフターコロナで海外のお客様が増えてきた際にも、より良い宿泊体験を提供することができます。国内外問わず、もっとたくさんの方に、星のや東京へ足を運ぶ意味を見出していただけるようにしたいですね。

【星のや東京】雅楽

週末の夜に楽しめる「雅楽の夕べ」

── ワーケーションで宿泊される方にも、ぜひ仕事の息抜きとしてアクティビティを体験してもらえるといいですね。

そうですね。ワーケーションの本質は仕事を豊かにすることだと考えているので、ぜひ新しいものにたくさん触れていただけると嬉しいです。

「日本に来たから日本旅館」なのではなく、「快適でサービスが素晴らしいから日本旅館に泊まる」という市場を創造していきたい。星のや東京をオープンする際、星野はそう話していました。今まさに、その初心に立ち返って、国籍を問わず多くの方に日本旅館の素晴らしさ、東京の魅力を味わっていただきたい、というのが私たちの思いです。

目まぐるしく変化する世の中の流れにフィットできるよう、今後も試行錯誤を続けて、新しいことにチャレンジしていきたいですね。

(取材:梁原 立寛/編集:澤木 香織)

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星のや東京
https://hoshinoya.com/

所在地:東京都千代田区大手町1-9-1
客室数:84室
施設:温泉、レストラン、スパ等