「オフィス戦略」から「ワークプレイス戦略」へ。コロナ時代に考え直すべき3つの「間」
良くも悪くも、多くの人の働き方がこの2ヶ月ほどで変わりました。はじめてのリモートワークに、はじめてのオンライン会議。突然訪れたコロナ時代の働き方に、個人としても組織としても戸惑いを抱いているのではないでしょうか。しかし「数年前から徐々に起きていた変化が、早回しで訪れただけ」という話もよく聞きます。
ここ数年の働き方の変化を俯瞰してみることで、コロナに惑わされることなく、大きな流れを掴むことができるのではないか。そう考えて、お話を聞いたのは、2013年から開催されている “働き方の祭典”「TOKYO WORK DESIGN WEEK」(以下、TWDW)のオーガナイザーをつとめる横石 崇さん。
毎年、様々なフィールドで新しい働き方を実践する総勢100名以上の登壇者が、7日間にわたって「これからの働き方」や「未来の会社」について考えるイベントで、2019年までに国内外からのべ3万人を動員しました。
横石さんは「働き方の『地図』を作って、みんながその地図を見ながら働き方を考えるようなイベントにしたかった」と語ります。横石さんが広げる地図を見ながら、働き方のこれからと、働く場所のこれからを一緒に考えてみましょう。
組織から個へ。徐々に進んできた「働き方の民主化」
── 横石さんは、TWDWでなぜ働き方にフォーカスしたのでしょうか。
人と仕事が好きなんです。働き方って、その人を表してくれる「インターフェイス」のような役目があって、その人を知る上で大切な要素だったりするんですよね。みんなで飲みに行くとだいたい仕事の話になりますよね。働き方は、すべての人の関心事です。
── みんな、自分の働き方について悩んでますよね。
僕は就職氷河期世代。僕も含めて同世代のみんなは、悪戦苦闘しながら、働き方を本気で考えてきました。「本当はどんな仕事をしたいのだろう」「どんな働き方が良いんだろう」という課題に直面した初めての世代、と言ってもいいかもしれません。
だからこそ、飲み屋の会話の延長みたいなイメージで、働き方について考えるイベントをやったらおもしろいんじゃないか。そう考えて、最初は同世代で5人くらいの勉強会としてTWDWをスタートしました。それがだんだんと大きくなって、今に至ります。
TOKYO WORK DESIGN WEEKの様子
── そんな背景からスタートして7年。日本の働き方はどんなふうに変わってきたと感じますか。
日本の大きな変換点になったのは、2008年。戦後ずっと増え続けていた人口が、はじめて減少に転じた年です。1970年代の高度成長期にできあがった、右肩上がりに成長していくことを前提としたあらゆるルールや仕組み、常識は、2008年以降、転換せざるをえませんでした。そんな中で2011年に起こった東日本大震災は、特に働き方に対する意識が大きく変化したきっかけになったと思います。
働き方で考えると「組織から個へ」という流れが生まれました。中央集権型から自律分散型へ、とも言えますね。「働き方の民主化」というとカッコ良すぎるかもしれませんが、一人ひとりが自分の働き方を考えて、作っていく時代になりました。いわゆるメンバーシップ型からジョブ型へと言われるシフトチェンジも、この一環です。
キャリアづくりも多様になっています。これまでは、ひたすら出世という上を目指して登っていくような「はしご型」がメインでした。しかし、今起きているのは「ジャングルジム型」への変化です。上にも下にも、横にも斜めにも、自分の意志さえあればどこにでも行けるわけです。
そもそも、ジャングルジムって遊び道具ですよね。新しい働き方も、仕事しているのか、遊んでいるのか分からない。2つの境界線が曖昧になっていく、そんな感覚を持つ人も増えていると思います。
オフィスの自律分散で課題になった2つの「C」
── 「組織から個へ」の変化は、オフィスという場所にも影響を与えていますか。
これまでのオフィスは、まさしく「中央集権型」ですよね。ひとつの場所に集まって、リーダーの周りで働いていたわけですから。そこから、コワーキングスペースやサテライトオフィスなどが誕生し、「自律分散型」への挑戦も始まりました。そこで課題になっていたのは、2つの「C」でした。
Zoom取材時の背景は、自身がプロデュースした鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」
── 2つの「C」とはなんでしょう。
「Collaboration(コラボレーション)」と「Concentration(コンセントレーション)」です。
コラボレーションは、ラウンジスペースをオフィス内に作ったり、スペースに柔軟性をもたせるために机や椅子に車輪をつけて、可動性の高いオフィス設計をしたりしますよね。そうすることにより、人が交わって、創発が生まれる確率を高めていくわけです。昨今の経営者がオフィス投資していたのはコラボレーション機能が多かったように思います。
一方で、そればかりでは「集中できない」という声もある。だから、一人で働くブースのようなものも出てきます。これがもう一つの「C」であるコンセントレーションですね。コラボレーションスペースが増えれば増えるほど、面白いもので、フォンブースや個室のニーズも増えてきています。
「オフィス」が「ワークプレイス」へ進化する上で大切な3つの「間」
── そんな中、新型コロナウイルスの感染が世界で広がりました。働き方にはどのような影響がありますか。
もうすべてが変わっちゃいましたね。「ワークライフバランス」がここ数年言われてきましたが、今はもうすっかり「ワークライフインザハウス」です(笑)。
「オフィス」は「ワークプレイス」へ進化するべきタイミングだと思います。つまり、中央集権型の「オフィス戦略」ではなく、自律分散型の「ワークプレイス戦略」を考えて、投資をしていかなくてはいけないと思います。特に、デジタルを取り込んだハイブリッドなオフィス設計は急務です。
今回の外出自粛によって「不要不急」ではない本質的なものとは何か、みんな考えたと思うんです。この仕事は本当に必要なのか、この会議に出席する意味はあるのか、この人と会う必要があるのか。こういった問いに、すべての働く人が向き合えたことは、オフィスが変革する上でとても大きな経験になったのではないでしょうか。
── これからのワークプレイスを考える上で、どんなことを意識したら良いのでしょうか。
僕は以前から、働く場に欠かせない要素として、「空間・時間・人間」の3つの「間」があると考えています。この3つの「間」に対していかに取り組んでいくか、が問われています。
例えば、物理的なオフィス空間が狭いとしても、バーチャルオフィスで24時間いつでも働けるようにしておけばいいかもしれない。リアルの打ち合わせが減るなら、坪単価が高い駅近オフィスを選ぶ必要はないかもしれない。一人ひとり身体の大きさも体格も違うのに、同じような机、同じような椅子でいいんだっけ?とか。オフィス戦略とワークプレイス戦略とでは、投資のポイントが変わってくるはずです。
── そこでは、どんなことが課題になりますか。
それぞれが別の場所にいながら、チームとしての生産性や創造性をどう高められるかがポイントです。あと、自律分散型の働き方というのはすごく寂しいんです。孤独な状態で働き続けるって、つらいですよ。
Googleの調査では、効果的なチームをつくる上で重要なのは「『誰がチームのメンバーであるか』よりも『チームがどのように協力しているか』」というものです。その要素となるのが、心理的安全性や相互信頼。リアルな空間から離れていく場合、メンバー同士が直接会う機会が減っていくわけですから、どうやって心理的安全性や相互信頼を育むかが大事になるでしょう。
ただし、Googleも語っていますが、リモートワークは完璧ではないということです。もしオフィスを捨てようとするのであれば、しっかりとした戦略と計画が必要です。
── 今後、生産性や創造性を高めるための、さまざまなサービスやテクノロジーが生まれそうですね。
そうだと思います。でも、気をつけたいのは、いきなりDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組むのは難しい、ということ。DXの前に、CX(カルチャートランスフォーメーション)が必要だと思うんです。
コロナ禍でもリモートワークがうまく機能していた会社は、以前から企業の文化として取り入れて準備をしていたはずです。逆に、コロナ以前にリモートワークをしたい社員がいてもできない理由を並べて実践してこなかった企業は、対応に四苦八苦しているのが現状でしょう。
このような事態で臨機応変に対応するためにも、組織のカルチャー変革から始めていかない限り、先行きや予測が立たない時代では生き残っていくことは難しくなる一方でしょう。今回、多くの人がリモートワークを体験し、リモートワークが万能ではないことも、今までオフィスが果たしていた役割も分かったのではないでしょうか。
今後もいつ何が起こるか分からないという前提で、この学びをこれからの働き方にどう活かしていくか、が大切になってきます。
この先、ウイルスの脅威がどうなるのかはわかりませんが、今までの働き方に戻るということは難しいかもしれません。むしろ、戻れないと割り切るべきです。組織だけでなく、働く人一人ひとりが自身のワークプレイスを見つめ直し、新しい取り組みに挑戦していくべきだと思います。
── 変化の激しい社会は、コロナに始まったことではない。であるならば、どんどんチャレンジですね。中央集権型の「オフィス戦略」ではなく、自律分散型の「ワークプレイス戦略」へというお話、とても勉強になりました。今日はありがとうございました!
(取材:葛原 信太郎)
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横石 崇(よこいしたかし)
&Co.,Ltd.代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザー
1978年、大阪市生まれ。多摩美術大学卒業。広告代理店、人材コンサルティング会社を経て、2016年に&Co., Ltd.を設立。ブランド開発や組織開発をはじめ、テレビ局、新聞社、出版社などとメディアサービスを手がけるプロジェクトプロデューサー。また、「六本木未来大学」アフタークラス講師を務めるなど、年間100以上の講演やワークショップを行う。毎年11月に開催している国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」は3万人の動員に成功。法政大学キャリアデザイン学部兼任講師。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」支配人。代官山ロータリークラブ会員。米国ビジネス誌「FAST COMPANY」をはじめ国内外でアワード受賞。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。