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東日本大震災関連

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宮城県石巻市渡波を中心にした東日本大震災の記録、記憶。
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記事一覧

3月11日(地震発生)

東日本大震災3月11日14時46分
地震発生
停電及び断水(未確認)
隼確保
予報通り晴天の後雪が降り始める
圭太確保
義父さん訪れ義母さんの無事も聞く
根岸に移動
携帯は圏外表示となり通話及びネット関連使用不可
妻の職場及び大宮町へ向かおうとするも道路水没のため断念
1時間余りで車庫に浸水し、門まで浸る
万石町に老父母を残してきたことを悔やむ男性あり
雪がやむ
どこからか踏切の警報の音がきこえる

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3月12日(2日目)

東日本大震災夜明け後目が覚める
車のフロントガラスは完全に凍りついている

水の引きは進んだもののデイサービス前から先は長靴だけでは歩いて進めない模様
他のルートも水没したままである
建物についた汚れで津波のピークがわかる
昨晩のNさんの胸まで浸かったという話は本当だった

家族と離ればなれになり安否を気遣い涙する人多し

自転車でこちらに渡って来る人あり
ギリギリ走れるとのこと
渡波駅前までなら

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3月13日(3日目)

東日本大震災3月13日
5時30分頃空が明るくなり始める
表に出てみると実家前の田んぼが元のように戻っていたので
道路の水がどこまで引いたか確かめに行く
信号機のある交差点前の堀の部分に
普通の靴では通れないくらいの水が残っている
コンビニには雑誌以外は何も残っていない
旭ヶ浦の自宅で原付のエンジンをかけてみるがかからない
近所の人がイオンで9時から配給か販売を行うという
義父さんと軽トラックでイ

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実家の取り壊し 〜東日本大震災

実家の取り壊し 〜東日本大震災

いよいよ大宮町の実家家屋の取り壊しの日が決まった。
祖父母の代に建てられ私自身高校生時代を過ごした家だ。
地震発生の翌日、周辺一帯が瓦礫の山と化した中で
向かいの家に守られるように生き残った家。
流されていればその二階に避難した母の命もどうなっていたかわからない。
道路の確保のため、震災後一週間ほどで家の前にあった瓦礫は移動され、
六月ごろに遺体捜索のために一階部分の家具類が整頓された。
そして取

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