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雪原のコオロギ
痛々しい声が雪原に響き渡る。
夏に鳴くことを許されなかったコオロギは、命の時を止められて冬の解き放たれた。身を置くための草花はすでにしなびれ、あくる日のため子孫が生を勝ち取れるように定められた使命を全うし力尽きている。
一方、冬に歌うキリギリスはコオロギの身の上を憐れみ、得られるかもわからぬ対価を求めて流れものとして各地を転々としていた。
懐かしい声に警戒と安堵を得る。コオロギの本能はそれが夏の目印であるとかすかな記憶を頼りに駆け寄ろうとするも、雪に足を取られうまく飛ぶことができなかった。地に体を下ろすたび、冷気と冷たい地面が生命活動の邪魔をする。
何度も跳ねては落ちてをくり返すも、コオロギはキリギリスのこえが聞こえなくなるとその場から動かず、おそらくはまもなく尽きるであろう自らの命に頓着なく向かい合う。
遺伝子から排除された環境についての情報は、何を果たすべきかをすっかりコオロギから奪ってしまった。それがなにものにも届かないことを知らず、すでに番となる成体を求め声を響かせ続ける。
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