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ホームのすきま

電車を降りるとき、かならずまたがなければいけない。
人間の注意力を試すかのように一歩分だけぽっかりと空いた溝。人の恐怖心を煽るような物の怪は暮らしていないが、時間があって空間がある。なれば、そこに暮らすものがなにであれ、宇宙からみればなんら枠組みから外れたものではない。

溝に誰かの物が落ちていく。すると、溝の暗がりに明かりがともり、人形が動き出す。手と手をつなぎ踊り、まるで人が愛をささやいているかのように耳元で囁くような動作を行った。コン、コン、コン、コン。人形の靴が、小気味よく床板をたたく。

誰かに見せるわけもなく、ただ踊り続ける人形はふっと動きを止めた。それが閉幕の合図だと言わんばかりに、明かりは消えて音もなくなる。次の放映に向けて準備をしているのか、ゼンマイを巻くような音が暗がりから漏れ出てくるも、電車が到着した音にかき消され、ついぞ誰にも気づかれないままに次の機会を待つ。

「あれ、ここに落としたと思うのですが」
「落ちたときに転がってしまったのかもしれませんね。確かめてみます」

駅員の声がしたかと思えば、白い棒が探るように溝の前に現れる。コツ、コツ、コツ、コツ。さきほどの人形のステップを真似するように、棒は小石に突き立てられる。

コツ、コツ、コツ、コツ。

数度、繰り返されたあたりで暗闇からも音が鳴る。人形が棒に合わせて拍手をしている音だった。人形の女の子が調子に合わせて手を叩き、棒が探り当てるのか行く末を見守っている。彼女が満足したことに感謝したのか、先ほどエスコートを勤めていた人形の男の子が落ちて来たものを抱えながら、暗闇から姿を現わす。

コツ、コツ、コツ、コツ。

棒に合わせてステップを踏み、見つかるまいとなおも姿を暗闇に隠しながら、落とし物を棒の近くに置いて逃げる。無作為に突き立てられる棒は、だんだんと調子に諦めの色が出始めていたが、人形の男の子が置いた場所まで行きつくと、これまでとは異なる感触に動きが止まる。

「あったかもしれません」
「本当ですか?」
「持ち上げてみますね。よいしょっと」
「これでいいですか?」
「ええ、まあ。くっついちゃったのかな」

駅員が棒を達者に扱うと、二つ折りの財布が持ち上げられる。まるで釣り上げた魚を網で救うように、慎重に持ち上げると、女性は財布を手に持つ。
その財布には、小さくてかわいい花がはさまっていた。女性はそれを指でつまむと、青くささ以外にも木と塗料の懐かしいにおいがしたような気がした。



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