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ひつじにからまって

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ひつじにからまっているものがたりたち
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2022年2月の記事一覧

なぜなに

なぜなに

すっかり目が悪くなってしまったせいか、もう文字は手のひらほどじゃないと見えなくなっていた。
とはいえ、そのせいかぼやけた輪郭からたいていの言葉を予測できるようにもなり、それとなく生活するくらいはできる。

「これなんだ?」

そんなことを知ってか、孫はよくクイズを出すようになっていた。書いた文字を披露してくれるのだが、習いたてのせいかところどころ文字ではないものも混ざっている。

「おさのこさいさ

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寂しいならば、お話ししましょう

寂しいならば、お話ししましょう

この窓を通して、ずっと向こうでこちらを見ている。そんな気がしてならなかった。静かで遠い、ぼやけた向こう側。

「こちらは寒いよ。あなたはどうかしら。しっかりあたたかくしてね」
「うん」

声が聞こえたような気がして、わたしは返事をした。
これが呪いであったなら、このまま魂なんかを抜かれてしまうだろう。そしたら体はここにいて、もしかしたら次にこうしてわたしのように返事をする人を待つのかもしれない。

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想像に難くない

想像に難くない

滴ろうとするしずくは、どちらになりたいのだろう。もしかしたらこのまま時が止まってしまうか、凍りついてしまえたらなんて考えているのかもしれない。
もし落ちたなら、しずくは何を思うのか。走馬灯の中に生まれてからの短い時間を振り返るのか。

落ちるまでは生きている。そんな気がした。この星が人間にとって都合良く回っているならそう思ってもいいだろう。
そう思わせてほしかった。そう思わせてもらえたら、今だって

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氷消瓦解

氷消瓦解

ひとつ、またひとつと足跡が増えていく。

サクサクと鳴ればまだしも、せっかちが飴玉を噛み砕くようにギシリギシリと音を鳴らした。それは崖っぷちにかけられた橋を渡るような、物悲しさを響かせる。

時計の針を止めきれたらば。うぬぼれと後悔は支えきれない彼の背中にのしかかった。

「ばいばい、ありがとう」

あの子の言葉を好意的に解釈するには、彼は打ちのめされすぎた。折れた背中を伸ばすこともない。

限ら

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華胥之夢

華胥之夢

そこでは甘く華々しい香りは遠く、そこには青さがあるばかり。やってきたばかりの彼女は、はじめからうんざりしていました。

どうにかしようと摘んできた花を水に浮かべても、においばかりはどうにもなりません。

「ねえパパ、どうしたらいいの?わたしもう都会に帰りたい」
「そうくさくさしないで。かわいい顔がだいなしになるよ」
「ごまかさないで」

彼女はお父さんに怒鳴り、部屋に閉じこもつてしまいました。布団

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あの子とその子

あの子とその子

鈴を鳴らして歩くその子は、影の中でも明るくかがやいた。ほの暗く炎の燃えるようなかがやきに、小さな命は近寄っていく。

シャリン。シャリン。

リボンに結びつき、揺れると涼しい音色を奏でた。夕暮れを過ぎてハイビスカスのような色をした空に、季節を外れた趣きが付け加えられた。

「ねえ、どうして鈴をつけているの?」
「夜が影をつれてくるからよ。影に飲み込まれないために必要なの。怖いのは嫌だもの」

あの

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