『音楽学への招待』
沼野雄司『音楽学への招待』 が、めっぽう面白い。
”音楽学” と聞けば「バッハのナントカ組曲の楽譜を分析したりする、堅苦しい学問……?」などと思われるかもしれないが、著者いわく、
ということらしいのだ。
そのことを実証するかのように、大作曲家ワーグナーにもあった”駄作”の作曲背景を探ってみたり、モーツァルトで頭が良くなるという説が本当かどうか関連論文を精査してみたり、話題はどんどん広がる。
五線譜を示して専門用語で分析するのは、ドビュッシーの交響詩『海』が実は一篇の小説を元ネタにしてるのではないか?と推理して、その構造を比較する一章だけだ。
プロレスラー入場テーマ曲の変遷を「ベビーフェイス」と「ヒール」の役割分担まで含めてアツく語ってみたり、「現代音楽」にありがちな楽曲タイトルの変遷を細かく分類してみたり(多少なりとも知ってる人間としては、”あるある”すぎて爆笑させられた)話題は「極度に自由」な広がりをみせる。ちょくちょくユーモアをはさむ著者の語り口もあって、音楽の門外漢でも楽しく読み進められるだろう。
だが最終章で語られるのは、ユダヤ系ゆえにアメリカに移住したドイツの作曲家アイスラーが、冷戦下の「赤狩り」によって今度はアメリカから追い出されることになった経緯だ。
国家や権力が、個人や表現を押しつぶしていく冷酷さ。それを著者は、聴聞会の記録やFBI文書といった証拠を次々に挙げながら、生々しく再現していく。慄然としながら、読者は気づくだろう。
ここまで面白おかしく語られてきたどの章も、全ては資料や文書や論文といった「証拠」に基づく、きわめて論理的な叙述であった事に。
この点において「音楽学」は、「極度に自由」ではあっても、やはり単なる思いつきや空想と異なる「学」であり、未来を変えるための「知」というツールの一つであることを、納得させられるのであった。
書名に偽りなし。
(2023.2.20)
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