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なぜ日本のライブハウスのノルマはなくならないのか?ライブの本場イギリスから全て解説。

ライブハウスに出た事ある方やバンド活動をしている人には避けて通れないノルマ問題。ノルマなしのライブハウスもいくらか増えつつあるものの、出演者にノルマを課すライブハウスがいまだに大多数。

議論に上がる度引き合いに出される噂。

"海外のライブハウスはノルマがない"


「それ本当なの?」「どうやって売り上げ取れるの?」

海外でライブした事がある人に聞くしか実際の所わかりませんよね。出た事がある人も詳しい経営事情まで知らないかも。

この謎、

イギリスのライブハウスに勤めている私がこの記事で全て解き明かします。


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ーそもそも、ライブハウスのノルマとは?


ノルマは基本アマチュアミュージシャン向けのシステムです。基本的に会場代費用と考えて良いです


会場費用が掛かるのはプロもアマチュアも日本も海外も一緒です。


"ライブができる環境を持っている会場にレンタル代を払う。チケットの売り上げでレンタル費用を賄い、更に黒字まで持っていき収益を取る" 実際には宣伝費用なり諸々の費用や、グッズ売り上げも大きな収益源として計算されるのですが、大まかに言えばこれがライブ興業の仕組みです

アマチュアバンドが主に出演している日本のライブハウスは1日に大体4,5組みの出演者をブッキングすることで1組辺りの負担を分散させます。

出演者も会場費用を1組で賄える程の集客が見込めないうちはこの"対バン"形式と言われるイベントに出ます。1組辺りの動員が少ないので出演みんなで費用を割り勘します。1500円のチケットを1組辺り10-20枚分負担位が相場です。イベント全体の動員に関わらず、自分のノルマ以上お客さんが入ればその分その出演に還元されます。

他の出演者を見に来たお客さんが自分達のバンド気に入りファンになってくれるかもしれない。

無名のミュージシャンにとっては少ない負担でライブができるし宣伝にもなる。実はありがたいシステムです。


ーではなぜ不満が起こり議論の的になるのか?


これは基本的に上記したコンサート興業の仕組みがわかってない人が半数です。ライブハウスには5人のスタッフが働いてるとして、1日のお客さんが10人だけだとしたら、その人達が払うチケット代とドリンク代だけではお店は経営して行けません。実際に100人以上お客さんが入る会場なのにお客さんの数が出演者の総勢よりも少なかったなんてのはよくある話です。

残りの半数には売れないバンド歴10年で「日本のライブハウスはノルマがあるから終わってる」という人もいるでしょう。「海外のライブハウスはノルマなしで経営している」なんて事も引き合いにしつつ...


ー海外のライブハウスはノルマがないのは本当か?

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本当です。(*)

カナダ、アメリカ、イギリスのライブハウスで働いた経験がありますが、出ているミュージシャンに「日本では出演者が会場にお金を払わないといけない」と話すと大体驚かれます。

ただしこれ、何か特別な経営方法がある訳でも、日本のライブハウスが悪い訳でもないんです

結論から先に言いますが、ライブ音楽そのものの文化の違いです

欧米 (*) のライブハウスはノルマに頼らなくてもやっていける地盤が文化としてあるとう事です。

以下詳しく説明しますので、ノルマがあるのは経営の問題なのはわかる、それでも日本のライブハウスに不満を持ち続けてる人には是非読んで欲しいです

(*脚注:日本で"海外"というと"欧米"のイメージがあり、わかりやすくする為に導入では海外という言葉を使いましたが、当然、本来は海外とは"日本以外の全ての国"の事です。この記事は欧米でのみの話になります。以下、海外ではなく欧米と言い換えます。)


ー日本と欧米のライブハウスの違い


1. 機材の質

なぜ日本のライブハウスがノルマが課せざるをえないかの一つに機材設備の問題があります。

まずライブハウスに楽器機材がない場合があります

カナダではライブハウスにドラムセット、ギターアンプなどの機材が全く置いていないことが普通です。私が働いていたトロント市には有名な楽器屋がレンタルもしていて、地元のキッズ達はライブの当日に車を運転して借りに行きます。自分で持っていればいいですが持っていなければ出費です。ノルマはないとはいえ他に掛かる部分があるということです

そしてこのシステム、東京などの大都市には向いていません。

トロントはカナダ最大の都市ですが日本の都市に比べれば小さい方で、よっぽど大きな駅の側などでなければ、駐車代はとても安いかタダです。

東京都内に半日車を停めようと思ったらノルマ代より高くつくかもしれません。

ニューヨークやロンドンも大都市なのでライブハウスに機材が置いてある事は珍しくありません。ただし機材の質は日本よりも非常に低いです。

日本であればプロが使っているのと同じクオリティーの機材がライブハウスにも置いてあり出演者は追加料金無しで使えます。ギタリストならギターだけ、ドラマーならドラムを叩くスティックさえ持っていけば最低ライブは出来ます。

英米のライブハウスでは家庭用のギターアンプしか置いてなかったり、どんなに充実していたとしてもドラムシンバルは出演者が持って来ないといけないというのが常識です。シンバルって高い上に消耗品なんです。毎日イベントのあるライブハウスでは1-2ヶ月に一枚のペースで割れます。一枚2万円前後。そしてこれを3枚常にステージに維持しているのが標準装備です。

ライブハウスがひしめき合っている東京などではどこのライブハウスもプロクオリティーの機材が置いてある訳ですから、少しクオリティーが低かったり不備があると出演者からのクレームの原因になります。そしてミュージシャンもそれぞれ好みがありますから「 AとBのライブハウスだったらBの方が好みのギターアンプがあるからBに出たい」て事になりかねます。

日本はアマチュア向けの会場でも本当に機材が充実していて、これを維持するのはかなりのコストです。

これが出演する側がノルマなり何かしらの形で負担しないと成り立ちません。

機材の質の差は私の専門分野である音響機材や照明機器も然り。出演する側も見る側も豪華なステージや機材があった方が気持ちいいでしょうが、その分ノルマの負担が増える、チケット代が高くなりお客さん来にくくなるのでは本末転倒ではないでしょうか。

実際に東京のライブハウスではアマチュアのみが出演するイベントでも1000円から2000円前後のチケット/入場料が相場ですが、欧米では500円から1000円位が普通で、無料のライブも沢山あります。

日本でも機材だけなら少しコストを削減して、それを理解したバンド達も充分な数出てくれるかもしれません。

しかし、もっとコストが掛かるであろう他の部分でも違いが見られます。

2. 立地、設備

どんなお店でも経営するに置いてに立地選びは大切ですが、ライブハウスも同じ。以前東京のライブハウスで働いていた時に本当に実感しました。

熱烈なファンがいるような人気ミュージシャンならお客さんはちょっと遠出してでも来てくれるでしょう。

しかし、無名バンドの場合は一人でも集客が増えるようにメールリストに記入してくれたお客さんや、友達に直接宣伝やお誘いを入れます。無名バンドのライブを第一優先に予定を組んでくれる人は稀ですから、都合の良い時を見計って来てくれる事になります。平日なら特に仕事帰りに寄り易い場所が第一条件になると思います。

新宿、渋谷などは好条件ですがもちろんその分家賃も高い。そしてこれらの場所はビルがひしめき合って乱立しているので、防音設備などもしっかりしないといけません。

防音設備は一般的なお店やオフィスが必要としているものではないのでその分コストもかかります。そして地下の方が防音に有利な為に、東京のライブハウスは地下にある事が多いです。

地下にあるので外から中を覗けなく、通りすがりにたまたま見つける事も少なく、見つけたとしても中で何が行われているのか分からず興味も持ち辛く、入りづらい雰囲気になってしまいます。

それに比べ、欧米のライブハウスは然程防音に拘っていません。道端に音が漏れている事もしばしばです。

仮にあなたがライブハウスに馴染みがないとしても、飲みに行くお店を探して道を歩いていて、音が聞こえてくる、見てみると演奏しているバンドと楽しそうに踊っているお客さんがガラス越しに見えるとなったら入ってみようかなと思うかもしれません。

出演者が個別に連絡してやっと来てくれた2人分の集客も、たまたま通りすがった観光客2人で賄えたかもしれません。

こうした小さい会場に平日出演するミュージシャンの多くは10から20代の若者です。そして彼らを見に来るお客さんも大半は同世代の若者です。

欧米の都市には大抵、他の街から越してきた若者が集まるエリアがあります。東京だと下北沢が一番イメージに近いと思います。若い人が経営しているお洒落なカフェやオーガニック思考のお店が並んでいたり。彼の事を英語で俗にヒップスター(hipster)などと呼びます。

まだ空きビルが点在していて開発が進んでいない場所、家賃などが比較的易い場所がそういうエリアに自然となっていきます。

そういった場所ではDIY精神の盛んなアーティストの卵の若者達が売り上げ目的でないギャラリーやイベントスペースを作ったりして、自らの表現の為としています。そういった場所に自ら遊びに行き主催者の人を捕まえて「俺も音楽をやってるんだ。今度ぜひ俺も出演させてくれ!」と熱く言えば十中八九タダで出させてもらえるでしょう。

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(NY市、Brooklyn区に2018年まで存在した伝説的DIYイベントスペース"Silent Barn" :引用元 https://luakabop.com/artists/)

2000年代初頭、 ニューヨークではブルックリンのウィリアムズバーグという地域がこういったムーブメントの中心になりDIYなライブスペースも沢山あり、世界的に有名なインディーバンドが輩出されました。 (Yeah Yeah Yeahs, Vampire Weekendなど)

今では立派な観光地になって、小さなライブハウスも全て閉店。当時の面影は殆どないですが。

ちなみに日本でも手に入るようになったBrooklyn Breweryの酒造場などは今もウィリアムズバーグにあります。 (2020年現在)

私は世代ではありませんが、学生運動などが盛んだった頃の日本のフォークミュージックシーンなどはもしかしたらこれに近かったのかも知れません。

経費面の部分まず最初に述べましたが、こうした文化の違いが最も大きく日本独自のノルマというシステムの原因の根底だと私は考えています。


3. ライブを見にいくという文化

DIYな会場に限らず、ビジネスとしてやっている欧米のライブハウスでもアマチュア相手にノルマは取らずに成立しています。

そういった場所の大半はバー営業で主な収益を作っています。お店の手前半分が無料で入れるバーのみのスペースで、奥の部屋や2階や地下部分がにライブスペースになっている作りの所が多いです。

バーして最低限のお客さんと収益は賄えているので、バンドがライブをやってお客さんを集めてくれたらバーとしては大助かりという仕組みです。

そうなると当然チケット代はそのままバンドに還元されますし、例えチケット代を取らずに入場無料にしたとしても、バンドが演奏してお客さんがいつもより増えたならその分バンドにギャラも払えるしにみんな大助かりです。

「おお、なるほど、じゃあ日本でも同じようにしたらいいじゃないか!」と思った人、ちょっと待った!よく考えて見てください。

日本でも同じ事をしたとして本当にあなたはそのような場所に通うでしょうか?

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欧米のバーというのは日本の居酒屋とは大きく異なります。そもそも日本の居酒屋と同じような飲み屋は欧米にはないので、居酒屋を直接英語に訳すことは難しい位です。

欧米のバーは基本立ち飲み屋です (イギリスではパブと呼ばれる)。日本でバーと呼ばれるような良い雰囲気の場所はカクテルバーやワインバーなどと呼ばれる場所です。普通のバーでは全員座れる分の席はありませんし、誰も席まで注文を取りに来てくれないので、自分からカウンターまで行かないといけません。混んでる時間帯ならカウンターで何分も待たないといけないでしょう。日本のHUBみたいに列は作らないので、他の人に割り込まれないようにしたり、バーテンダーに注意を向けてもらえるよう見張ってないといつまでもオーダーできません。正直私はこれにいまだに慣れずに混んでるバーに行く事が大嫌いです。

でも欧米の人からするとこれが普通です。込み入った話がしたければ落ち着いたカフェやレストランに行くでしょうが日本の居酒屋みたいに酔っ払って騒げません。

逆に週末のような忙しい時間にバーに行くと座る場所もないし座れたとしても煩すぎて大声か耳元で話さないと会話ができません。カクテルバーなら良いかも知れませんが一杯1000−2000円位します。

普通のバーやパブなら一杯600円位からで飲めるのですが、自分でコンビニで買って飲み以外にこれより安く飲める場所が他にありません。日本のライブハウスも最低一杯500円位しますが、居酒屋なら200-300円で飲めますよね?

欧米も特別大きな会場でなければライブハウスだからといって特別高いという所はありませんがそれでもそれでも最低一杯600円です。

もしタダで入れるからといっても他に安く飲めて友達とゆっくり話せる場所があれば日本の皆さんそっちに行くのではないでしょうか?

日本で欧米のようなバー兼ライブハウスを作っても流行る気がしません

逆に欧米の人達はデート以外なら大人数で飲みに行く事が好きなので、話したい人同士がバラけて飲み物注文しに行って中々帰って来ないとかも普通ですし、一通り世間話も終わってお酒が良い感じに回ってきたら音楽に合わせて踊るとか出来た方が盛り上がります。

日本みたいに安くて美味しい食べ物が飲み物が出てくるなら別ですが、何もないただの飲み屋に行くよりもバンドやDJがパフォーマンスをしてる所にいた方が楽しくて良いなと思うのが欧米人の感覚です。

ただしですが、みんな特別にバンドを見にきてる訳ではないので演奏中に構わず会話をしてるのが普通だと思って下さい。勿論大物になってチケット代も高いコンサート程みんな演奏中は静かに聞きますが、中堅位のミュージシャンのライブでもみんな平気で演奏中に喋ります

これは欧米のミュージシャンが日本でライブをしたときに本当に驚いたり感動する違いです。日本のお客さんは演奏中ちゃんと聴いてくれる。演奏が止まった後、一瞬の静寂、そして大喝采。演奏してる側としてこんなに気持ちいいことは他にないと思います。逆に曲間中でも静かすぎて怖いという話もありますが...

とにかく欧米ではライブ音楽を聴きに行くということへの敷居が日本より廓然と低くもっと日常的です。日本の小さいライブハウスだと慣れてないお客さんがどうしていいか分からずに端っこに固まってただじっと見てるとういうのがよくある光景です。

欧米では陽気なお客さんがいて、演奏中に前に出で一人で踊ったり、声援を投げかけてくれる事の方が普通です。

平日でも日本みたいに残業も少なく、夜はプライベートの時間に使えるのでライブにも行き易いでしょう。

子供が大きくなって手が掛からなくなった後であろうと思われる位の年齢の夫婦が二人で、飲みに来たりライブに来たりしているというのも全く珍しくありません。

ライブに足を運ぶ絶対数の違いもノルマ無しでライブハウスが経営できるか否かの大きな要因だと思われます。



ーノルマを払い続けてライブに出る意味はあるか


最後に本題とは少し擦れますが、ノルマを課せられてライブハウスに出るのが嫌になるバンドが出てくる原因の一つに、複数のライブハウスから常にオファーが途切れなくなる問題があります。

ライブハウスに一度出演すると大体、次はいつ出れるのかという話をふられます。ライブハウス側がその出演者を気に入ったとも捉えられるかも知れませんが、これは大体ライブハウスも出演者が足りてなくて困っている場合が多いです。一箇所だけなら良いですが、新しいライブハウスに出る度にオファーされ、いくつも誘いが来ると、付き合いを保つため最低一ヶ月に一回、それか何回も同じエリア内でライブをやるサイクルになりがちです。その度に一回何万円もの出費に慣ればそれは誰でも嫌になります。

そのお金でいいリハーサルスタジオで練習したり、レコーディングスタジオを借りてデモ録音をした方が演奏力の上達やバンドの宣伝に役立つでしょう。経費を上手く利用して実力と知名度を上げていけば、いずれノルマや会場代を払っても売り上げが取れるミュージシャンに成長しているかもしれません。

出演者はちゃんと計画を立ててライブハウスを活用的に利用する。ライブハウスはお客さんも来易くなるように一つ一つのイベントに意味合いを持たせた方が良いと思います。

ライブハウスのブッキングの仕方にも欧米と日本では差があります。

この辺の話はまた今度触れます。

それではまた。


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