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コスモポリタン-ニューヨーク東8番街の奇跡-

つまりニューヨークは、移民の街だ。
歴史的な成り立ちをしてもそうだし、現在においても、マンハッタンの住民の6割は移民一世だと言うのだから、その事実は増殖を続けていると言っていい。

よく言われることだが、タクシーに乗るとそれを如実に体験できる。
決して、英語を母国語とするドライバーに出逢わないのだ。
十中八九、彼らの英語は私に負けず劣らずの片言で、運転の間中はイヤホンマイクの携帯電話で耳慣れない「どこか他の国」の言葉をしゃべりっぱなしと決まっている。

映画「ナイト・オン・プラネット」では、セントラルパーク沿いでつかまえたタクシーのドライバーが英語が分からないドイツ移民で、コミュニケーションに四苦八苦する話が描かれていた。
また別の映画では、白人2人がタクシーに乗り込んで、ドライバーが英語を話すと「言葉が通じる!」と喜ぶというエピソードがあった。

マンハッタンの道は分かりやすい。
綺麗に格子状に敷かれた道には、明確なルールがある。
南北に走るのがAvenue、東西がStreet。
Avenueは東から西に向けて一番、二番と数えられ、Streetは南から北へ一番、二番と増えていく。
南端の地域を除けば、全てそのルールで住所を特定することができる。

「5th Avenue & 42nd street」
こんな具合に。

だから土地に不慣れなよそ者であっても、初めての場所に難なくたどり着ける。
そういうわけでタクシードライバーは、ニューヨークに暮らし始めたばかりの移民にとっては、ごくとっつきやすい仕事だというわけだ。

イエローの車体は、あらゆる通りにあふれている。
2.5ドルという初乗り料金は安く、だから気楽に短距離でもタクシーに乗る。

私たちの移動に関しても、歩いて15分を超えそうな距離と夜間は、基本的にタクシーだった。
歩道から数歩出たところで右手を挙げるが、渋滞していない限りは相当のスピードで車が行き交うので、幾度かひやりとすることもある。
それでも、街中にタクシー乗り場なんかないから、ニューヨーカーたちとの競争に勝つには派手に手を挙げてアピールするしかない。

そうやってつかまえた車のドライバーは、中東系やインド系、アフリカ系、東欧系とバリエーションに富んでいて、その多国籍、多民族感というのには、一種独特の感慨をおぼえた。
ハンパじゃない、これは。
外国人が多いなんてというレベルを超えていて、もはや、外国人なんていう表現自体が場違いな気さえする。

レストランのウェーターもそうだし、屋台の売り子も空港の職員もそうだ。
世界中の民族、世界中の言葉、世界中の料理や慣習。
それが当たり前のように共存する街角。

だからここにいると、自分が異分子だと不思議なほど感じない。
友人は終始、「異国情緒がない」と言っていたけれど、私もそれに同感だった。
ある意味では、どこをとっても珍しく、どこをとっても近しいと感じる。
自分で名乗らない限り旅行者扱いされることもないのだから、今日から私はニューヨーカーだと言い張ったら、その日から私もそうなれるだろう。

言葉が通じないことが当たり前だと認めたら、世界はこうも違うものに見えるのだと、まるでSFのようだった。
コスモポリタン、この言葉の意味を初めて実感する。
整然としつつ同時に混沌とした街で、コスモポリタンたちが生活している。

SFファンタジー「ニューヨーク東8番街の奇跡」は、テイストは少々子供向けだが最高に心あたたまる優しい物語だ。
ニューヨークの下町の、とあるアパートが地上げ屋に立ち退きを迫られるが、1階でダイナーを営む老夫婦はじめ、住人たちは頑としてそれに抵抗をする。
ある日、老夫婦の妻が、アパートの屋上で小さなロボットに似た宇宙人がこしらえた巣を見つけ、ネジのエサを与えて世話をするようになる。

老婆が軽い痴呆症だというのもあるが、彼女はその奇妙な生命体を見てさえも、決して驚きの声一つ挙げない。
彼女はただ微笑み、優しく手を差しのべて受け入れるのだ。
一癖あるアパートの住民たちが皆、民族も言葉もバラバラなのはいかにもだが、屋上に住み着いたのは人間でさえない。
けれど元来、cosmoとは「宇宙」のことなのだから、コスモポリタンには広義に彼ら地球外生命体が入るという解釈もあながち間違っていない。

ところで、「東8番街」、その住所を地図の上で探してみた。
通常、日本語で「番街」というのはAvenueのことを指していて、Streetは「丁目」と訳されることが多い。
だから「8番街」と言うと8th Avenueということになるが、8th Avenueはマンハッタンの西側を走るので、頭に「東」とつくことの意味が分からない。
そもそも「東8番街」あるいはEast 8th Avenueなんていう住所はない。

おそらく、それはEast, 8th Streetのことで、確かにそういう住所は存在しているし、しかもマンハッタンの代表的な下町であるEast Villageに位置している。
East VIllageは古くから他民族が入り乱れて街を形成してきた経緯があり、ニューヨークの中でも特に「コスモポリタン」的な場所の一つだろう。
宇宙人が巣作りの場所を選ぶのに地球上で最も具合がよかったというのも、うまく筋が通る。

ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の主人公キャシー・ブラッドショーが好んで飲んだことから、一躍マンハッタンの定番カクテルとなった「コスモポリタン」は、クランベリーの爽やかな赤が魅惑的で、ほどよく甘く、そして強めのアルコール。
当たりはあくまでやわらかく万人を受け入れ、そしてその先に底なしのディープさを備えている、マンハッタンは近づく者を虜にさせる危険に満ちている。


ニューヨーク東8番街の奇跡 Batteries Not Included(1987年・米)
監督:マシュー・ロビンズ
出演:ジェシカ・タンディ、ヒューム・クローニン、フランク・マックレー他

★2006/11/5投稿の記事
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