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流行の兆し-結婚記念日-

私が彼の名前を初めて聞いたのは、エイプリルフールの代々木公園だった。
花見日和の日曜日で、公園は賑わしく、人々は陽気だった。

ある女性が私の勤め先を聞いて、「あれ買ったよ」と言う。
あれって何?と尋ねると、耳慣れない商品の名前。
その響きから連想したのは、アウトドアグッズか何かだった。

怪訝な顔をする私を見て、「○○(私の勤める会社名)だよね?」と彼女は再確認するのだが、「そうだよ」と答えながら私はまったく解せなかった。
弊社の取扱商品に、そんなアウトドアグッズはなかったと思う。

その翌日、会社で近くの席のIさんが、「私、今さー、あれが欲しいなーって思ってるんだよね」とつぶやく。
「あれ」って何ですか?と訊くと、その「あれ」は、まさに前日代々木公園で耳にしたアウトドアグッズの名前だった。

「それ、うちの商品なんですか?」
「違うわよー。ショップジャパンよ」
「あー、そうなんだ」

ショップジャパンは、弊社と社名の響きが似ているので、間違える人が多い。
私が弊社取扱商品を知らなかったのではなく、相手が勘違いしていたのだと知って、少しほっとする。



「それって、すごく流行ってます?」
「すっごい流行ってるよ。知らない?」
「知らないです・・・。何なんですか?」

そうして、Iさんは説明を始めた。
彼について。

ビリーについて。

ビリーズ・ブートキャンプは、端的に言えばダイエットエクササイズDVDで、そこにビリーという名のムキムキの黒人が出てくるのだそうだ。
米陸軍のエリート養成プログラムに基づいた集中エクササイズらしく、相当ハードな内容のようなのだが、そこに登場するトレーナー、ビリーが、ものすごいハイテンションで挑戦者たちに喝を入れ、くじけそうになる気持ちを高めてくれるらしい。

ある意味では、最近流行のロデオボーイのような「乗るだけ」ダイエット全盛期において、ビリーズ・ブートキャンプは、そのアンチテーゼとも言うべき、ごく真っ当な本格的エクササイズダイエットということになる。
それそのものには特に新しさもひねりもないわけだが、ここに「軍隊式」とか「超ハイテンションなビリー」とかいうキーワードが加わり、とにかくテレビ的な注目度が高い、ということのようだ。
それでも、正直、DVD4枚(正味3時間分)+ビリーバンド(ゴム製のエクササイズツール)で14,700円というのは・・・どおよ?といぶかしむ。

しかし、その後、まるで堰を切ったように、私は連日ビリーの名前を聞くようになった。

知り合う人、出会う人、皆がビリーの名前を口にする。
揃いも揃って弊社の社名を勘違いし、目を輝かせて「ビリーでしょ!」と声を上げるので、その度、「違うから。そうじゃないから」と訂正を繰り返す。

直島のあるカフェでランチをしているときだった。
隣のテーブルに30代半ばくらいの夫婦と、その妻の母らしき3人組。
その夫婦は先日、ビリーズ・ブートキャンプを購入したらしい。

「100%欲しくなるよ」
そう断言したのは夫だった。
妻は、ジムに月に1万払うなら、DVDに1万4000円きり払って済むならいいじゃないかと言っている。
それで実際、ジムを辞めたとまで言っている。

「ものすごくきつそうなのよ。でも、あれだけきつそうだから、効くかなと思って」
妻の母は「はあ」と微笑ましがるような、呆れたような、微妙な相づちを打つ。

妻はビリーに激を飛ばされながら、とんでもなくハードなエクササイズを1週間続けたらしい。
きつすぎてきつすぎて夢に見るほどで、大変で大変でついていけない、のだそうだが、なんとかだましだましやってみて、なんと成果としてウエストは5cmダウン。
「きつすぎてストレスだとか言って、煙草吸ってんの。逆に不健康だろ」と夫は茶化す。

確かに効果はある。
だが、きつい。
だから、続けられない。

要はそういうことなのだが、それでも、彼らはまったく後悔している様子もなく、さらにビリーを褒め称え、ほんとにすごいんだってばと繰り返している。
そんなに強調しても、母は絶対に買わないと思うのだが。

「なんか、面白いんだよね。俺たちで軍を盛り上げるんだ!みたいな。イラクの兵士へのメッセージみたいのまであって」
「きついときに、ビリーがよくがんばった!とか言うの」
「よーし、みんな集まれ!とか」

それはそれは大騒ぎの様子。
なぜ、直島にまで来て、そんな会話になってしまうのか大いに謎だが、4月に入ってからというもの、とにかく周囲にビリーが出現しすぎなのだ。

どうやら、ちょっと前の「いいとも増刊号」で、劇団ひとりがビリーズ・ブートキャンプでダイエットに挑戦しているという話題まで出たらしい。
流行とは恐ろしい。
来るときは、一気に来るのである。

ショップジャパンの人の話によると、この商品が発売開始されたのは、もうかなり前のことだそうだが、当初はまったく売れず、販売中止にしようとかというトーンにまでなっていたらしい。
それが、今年の1月あたりから火がついて、一気にヒット商品となったようだが、一体何がきっかけだったのだろう。

ウディ・アレン監督のコメディ「結婚記念日」では、結婚17周年の記念日をロマンチックに過ごそうと試みるも、肝心なところで、夫がついついテレビに映ったショッピング番組に釘付けになってしまいムードもぶち壊しというシーンがある。
たかがショッピング番組だが、夫は言うに事欠いて「好きな番組なんだ」。

アメリカはテレビショッピング先進国。
ビリーを生んだ国である。

情報筋によれば、近々、ビリーが来日するらしい。
ビリーが来日して、東京ドームで集団エクササイズでもやるのだろうか。
いったいぜんたい、どんなテンションになってしまうのか、わけわかんないだけど、なんだかなぜだか面白い。

結婚記念日 Scenes From A Mall(1991年・米)
監督:ウディ・アレン
出演:ベット・ミドラー、ウディ・アレン、ビル・アーウィン他

■2007/4/24投稿の記事
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