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12回以上の夏ー僕はぬけがらだけおいてきたよー

中学3年のとき好きだった男の子は、物心つくより前によくお互いの家で一緒に遊んだ幼なじみだった。
けれど小学校に上がってから一度も同じクラスにならなくて、そのせいでほとんど口をきくこともなくなってしまい、中3で初めて席が近づいたときには、幼なじみだったという事実は夢みたいな気がした。

小学生や中学生の頃というのは、クラス替えこそが最大の恋愛分岐点だ。
教室という狭い箱の中で、今年一年自分が好きになる人を決める。
委員会活動かクラブ活動などと同じで、恋愛は必須科目だった。
必須科目と言ったって、意中の人の横顔を眺め、消しゴムの貸し借りに胸をときめかせ、移動教室の時になにげなく廊下を後ろから歩いてみたりする、ただそれだけのものなのだが。

私の好きな男の子はバスケットボール部に属し、絵が得意で、独特のセンスと雰囲気があり、瞳や髪の毛が茶色くてどこかハーフのようだった。
恋のライバルでもあった親友に言わせるなら、彼はエドワード・ファーロング似だったのだが、最近で言えば、なんとなくウエンツ瑛士みたいな感じ、というのは思い出を美化しすぎているだろうか。

そんな王子さまみたいな彼だったけれど、結局、クラスが同じになるまで恋愛の対象にはならなかった。
中2のときは一つ上の学年の、話もしたことのない先輩に憧れていたのだ。
けれどその人が卒業してしまったら、けろりとそんなこと忘れて、8年ぶりに視野に登場した同じクラスのキラキラの王子さま(に見えた)に心はときめいてしまった。

クラス替え、実に具合のいいシステムだ。

すごく偶然だったのだが、出席番号が男子と女子を別々に数えると同じ番号だった。
つまり、私が女子の15番だったら、彼は男子の15番だったのだ。
それの何がいいかというと、年に一度は必ず、同じ日に日直をやることができる。
黒板の右端に、2人の名前が並んで書かれて、一緒に黒板を消したり、花の水を換えたり、放課後に日直ノートを書いたりする。
彼がノートを書くのをめんどくさがって「お願い、書いといて」なんて言うと、「しかたないなあ」と言いながら彼の分まで書いてやるのがなにげに嬉しい。

その上、3年1組の中で、私は彼の家の一番近所に住んでいた。
だから彼が風邪なんかで休むと、私は学級通信とか宿題のプリントとか、そういったものをクラスを代表して届けに行った。
「えー、めんどくさいなあ」とか言いながら、内心はすごく嬉しくて、彼と私の家の間にクラスメイトの誰一人引っ越して来ませんようにと祈っていた。

玄関のチャイムを押すときのドキドキ。
芝が敷かれて、植木があふれんばかりだった彼の家の庭を、横目に見つつ中からの応答を待つ。
彼のうちは共働きだったので、彼が出てくるか、さもなければとびきり美人のお姉さんが出てくる。
昔よく遊びに行った家なのでお姉さんは私をよく知っていて、私の顔を見るなり奥にいる弟を呼ぶ。

そういえば、小学校に上がったばかりの頃、このお姉さんは私に「最近yukoちゃんが遊びに来てくれへんなあって、Yが言いよるねんよ」と言ってくれたことがある。
そう言われたときは、そういえばY君と前はよく遊んだのに、最近は遊ばなくなったなあとちょっと寂しい感じがしたりもしたけれど、だからといってそれでどうしようということもなかった。
「また遊びに来たってな」とお姉さんは笑顔で言って、私は「うん」と答えたけど、一度も遊びに行かなかった。
もうきっかけを失っていたし、男の子と日常的に遊ぶ習慣は、小学生になってすぐなくなってしまった。

奥から呼ばれた彼が出てきて、私がプリント一式なんかを手渡すと、「ああ、ありがとう」と言う。
彼は言葉の多いタイプじゃなかった。
でも、そういうとき、彼は教室ではあまり見せない類の優しくはにかんだ笑顔を見せてくれるので、たまらなく嬉しかった。

中学3年のとき出逢った歌があり、夏になれば思い出す。
口ずさみ、遥かに思い出を手繰り寄す。

あれから12回以上、夏が来た。

12回以上前の夏、この歌を決して忘れることがないことを、どうして私は知っていたのだろう。

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「僕は抜けがらだけおいてきたよ」 

川面に浮かぶ あなたの家まで
読みかけの本を 返しにきた

お礼のしるしに 鉢植えの花を
持っていきなよと 母に言われた

あなたを好きでいた時もあるよ
僕のぬけがらだけはおいてゆくよ

十二回 夏が来て 町から抜け出して
笹の葉に揺られて より道したら

株わけした花に 埋もれた庭で
僕の知らない人とキスしていた

あなたを好きでいた時もあるよ
僕はぬけがらだけおいてきたよ

サイレンのおひさま(1989年・日)
音楽:THE BOOM

僕はぬけがらだけおいてきたよ
作曲:小林孝至
作詞:宮沢和史

■2006/8/30投稿の記事
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