風信子

「風信子」と書いて、ヒヤシンスと読むそうです。読み方の由来はわかりませんが、長い冬を越えて春風が吹くのを信じるような、明るい兆しが文字から伝わります。

風という字は、例えば時風や風潮のように、目に見えない大きな流れを現す時に多く使われます。古代ギリシャでは、風は、命の息吹や魂の象徴と考えられていました。そして、風のシンボルとして、蝶の羽が用いられてきました。心理学(サイコロジー)の語源は、ギリシャ神話の女神プシュケの名前に関連していて、女神の背中には蝶の羽がついています。ある国の王女として生まれたプシュケは、女神ヴィーナスの嫉妬を受けるほどの美貌をもち、その美しさのために様々な試練にあいます。神話の中で、彼女の転機のたびに風が吹き、プシュケは風に運ばれるがままに運命に翻弄されていきます。しかし風に吹かれながらも、恋人への愛を貫くことで、永遠の魂を得て女神となります。ちなみに、プシュケの愛の結晶として生まれた子どもの名前は、喜び、プレジャーです。

風にまつわる現代の話題としては、風の時代の到来が言われています。200年以上続いた地の時代が終わり、風の時代に変わる転換期が訪れているのだそうです。固定的でカタチあるモノから、目に見えず変化していくコトを重視する価値観のシフトです。

今ちょうど、私たちは時代の変化を経験しています。この激動の時代に、風を信じて子どものように自由であるために、蝶の羽をもって流されてみるのもいいかもしれません。ヒヤシンスは、一つひとつの花も個性的で美しい形をしていますが、根っこもまた力強くしなやかです。そして、その花が集まり風に吹かれると、良い香りを放って人々の喜びを誘います。喜びを感じた人が、次の年に球根を育てて花を咲かせる、そんな命の連鎖が続くのが、風の時代の幸せなのかもと、ガラス瓶の青いヒヤシンスを眺めながら思います。

(京都新聞 随想やましろ 2021年2月12日朝刊 掲載)

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