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話題の映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』は、2022年に生きる我々への極めて大事なメッセージかもしれない

2022年2月11日(金・祝)より、全国の映画館にて公開がスタートした、話題のアメリカ映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』。第 78 回ゴールデングローブ賞【ドラマ部門】主演女優賞受賞、第 93 回アカデミー賞主演女優賞ノミネート他、数々の映画賞を席巻するなど、とにかく大きな話題を呼んでいる映画です。

当社本国レーベル所属であり、過去に来日公演も果たしてくれている実力派シンガー、アンドラ・デイが、映画の中心となる伝説のシンガー、ビリー・ホリデイを演じる(しかもこれが初演技)ともあり、一種の音楽映画の延長かな…?と思いながらも試写会に足を運ばせて頂きました。

小生の浅い考えを凌駕する、この映画の濃さといったら… まるでビリーがそこにいるかのような、ある種憑依的なものすら感じさせるアンドラの演技、そして圧巻のパフォーマンス・シーンは、必見の一言です。

そして、個人的に気になったのは、映画のそこかしこに登場する衣装や小物類の美しさ。とにかく素敵の一言です(ちなみにアンドラは全衣装、プラダによる特注。しかも、当時の衣装のトレースをするではなく、プラダのヘッド・デザイナーであるミウッチャ・プラダを招き、現代的な視点も入れて完全コラボレーション制作されたらしいです)。是非チェックしてみてください…!

今回は、各方面にて活躍されているDJ/音楽プロデューサーの下田法晴さん(SILENT POETS)に、この映画をご覧いただいてのクイック・レポートを寄稿頂きました!

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心待ちにしていた『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を観た。監督は「チョコレート」「プレシャス」「大統領の執事の涙」など、どれも個人的に好きな作品を手掛けているリー・ダニエルズ。

この作品は、1959年にこの世を去ったジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイの生涯をイギリス人作家ヨハン・ハリの「麻薬と人間100年の物語」のビリーの章から着想し、それまで世に伝わっていたドラックやアルコールで自滅したという定説を覆し、反人種差別ソングである「奇妙な果実」をアメリカ政府からの弾圧の中で歌い続け、レイシズムと闘った真実が描かれている。

僕自身、ビリー・ホリデイや代表曲「奇妙な果実」についてある程度知っていたつもりだったが、この作品を観てそれまでの薄い知識を恥じた。

「奇妙な果実」とは、白人によるリンチで殺され木から吊るされた黒人の死体が朽ち果てる様を果実に例え歌った抗議と告発を込めた曲。
60年代の公民権法制定の遥か以前の1939年から、差別やリンチの真っ只中で政府の弾圧を受けながら既に歌手として成功していた彼女が敢えてそんな曲を歌い続けていたなんて信じられるだろうか。この曲の存在が後の公民権運動に大きな影響を与えた事は間違いなく、何故政府がこの曲を歌う事を執拗に阻もうとしたのか、その事実こそ人種差別の真実を物語っている。そして今も現在進行形で存在するこの問題へと直結している。

一昨年、アメリカのミネアポリスで起こった警察官の暴力によるジョージ・フロイドさんの死亡事故をきっかけに、"Black Lives Matter"というスローガンのもと人種差別の撤廃を求め多くの人々が抗議に立ち上がった。アメリカには400年前に始まった奴隷制度から形を変えて続く、黒人の居住区分離や大量投獄、不平等な刑事司法など様々な制度的な人種差別問題が存在し続け、これまでも警官の暴力事件を発端とした抗議運動が度々繰り返されてきた。その歴史の中でもBLMは特に大きなムーブメントとなり人々の意識に大きな影響を与え、法の改正や警察組織の改革への動きなど様々な変化をもたらし、ジョージ・フロイドさんを死に至らしめた警官は有罪判決を受けた。(過去に白人警官による同様の事件では殆どが無罪や軽罪となっていた)

 しかし、まだまだこの問題は根深く道半ばであり、現在も日々新たな問題が起こり続けている。その真っ只中で制作されたであろうこの作品が何を語らんとしているかはわかるだろう。

 主役のアンドラ・デイは、スティービー・ワンダーに見出されデビューしたシンガーで、映画出演の経験は無かったが、みごとビリー役に抜擢された。

アンドラ・デイという芸名の「デイ」はビリー・ホリデイから取ったそうで、それ程アンドラにとってビリーは特別で、目標とする存在だったのだろう。アンドラは、あのハスキーな声とハードな生活をしたビリーの役作りの為に、普段飲まない酒を飲み、吸わないタバコを吸い、ボーカリストとして声をケアする事をやめたそうだ。その甲斐あってか、ビリーが憑依したように歌声はもちろん、存在感も演技も映画初出演とは思えないほど素晴らしかった。特に「奇妙な果実」を歌うシーンには鳥肌が立った。それだけでも見る価値はあると思う。ゴールデングローブ賞では主演女優賞を受賞し、アカデミー賞にも主演女優賞としてノミネートされた。

そして本作のサントラは、そのアンドラがライブ・シーンで歌唱していた曲中心で、スタンダードでノスタルジックな名曲が並んでいる。映画全体のトーンとは少し異なり、甘く、ムーディーな曲が多い中、やはりなんと言っても時を超えて異彩を放ち、聴く者の心に刺さるのは、先に述べたアンドラ渾身の「奇妙な果実」。これは是非とも歌詞や和訳と共に、当時の状況も想像しながら聴いて欲しい。

そしてもう一曲、個人的に気になった曲は、この映画の為に作られビリーお気に入りの香水の名を曲名にしたという「Tigress & Tweed」。ピアノのループにシンプルでラフなビートがのり、気怠く絡むアンデラのボーカルがとても素晴らしい曲で何度もリピートして聴いた。

一曲目「オール・オブ・ミー」から「奇妙な果実」、「Tigress & Tweed」、中盤の「Ain’t Nobody’s Business」、最後の「God Bless the Child」まで名曲が続き、全体の構成も良く流れがスムーズで映像の記憶がよみがえる。是非一枚を通して聴いて欲しいアルバム。欲を言えば「Don't Explain」や「I Love You, Porgy」のアンドラのバージョンも聴いてみたいところだ。

 

最後に、自分の事を少し書かせてもらうと、僕は10代の頃パンクで音楽に目覚め、その流れでイギリスで起こった"Rock Against Racism"で人種差別や人権問題に興味を持ち、これまで様々な映画、文献、音楽、など見聞きしてきた。そして音楽を発信する側となり、ブラック・ミュージックや、そのカルチャーに多大な影響を受けた者の一人としても、ずっとこの問題の理不尽さに怒りを感じ、他人事とは思えず、熱くなり、自分に何ができるのか考えてきた。いつも感じるのは、何はなくとも、先ずは事実を知る事だと思う。そして常に意識をアップデートすること。どんな歴史があり、何が起こり、今はどうなのか、事実を知らずして、虐げられてきた人たち、闘ってきた人たちの心に寄り添う事はできない。そんな自分にとって、今作も勿論、深く心に焼きつき、また自分の意識をアップデートできたと思う。皆さんも是非この作品を観て自分なりに考えてみてはどうだろうか。

SILENT POETS/下田法晴

■リリース情報
アンドラ・デイ / ANDRA DAY
タイトル:『THE UNITED STATES VS. BILLIE HOLIDAY (MUSIC FROM THE MOTION PICTURE)(ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ(ミュージック・フロム・ザ・モーション・ピクチャー)』
形態:CD/デジタル(ダウンロード&ストリーミング)

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第64回グラミー賞
<最優秀コンピレーション・サウンドトラック>部門 ノミネート作品

TRACKLIST
01. All of Me/オール・オブ・ミー
02. Strange Fruit/奇妙な果実
03. Tigress & Tweed /タイグレス・アンド・ツイード
04. Charlie Wilson - The Devil & I Got up to Dance a Slow Dance (feat. Sebastian Kole)/チャーリー・ウィルソン-ザ・デビル・アンド・アイ・ゴット・アップ・トゥ・ダンス・ア・スロー・ダンス(feat. セバスチャン・コール)
05. Solitude/ソリチュード
06. Break Your Fall/ブレイク・ユア・フォール
07. I Cried for You/アイ・クライド・フォー・ユー
08. Ain't Nobody's Business/エイント・ノーバディーズ・ビジネス
09. Them There Eyes/ゼム・ゼア・アイズ
10. Lady Sings the Blues/レディ・シングス・ザ・ブルース
11. Lover Man/ラヴァ―・マン
12. Gimme a Pigfoot and Bottle of Beer/ギミー・ア・ピッグフット・アンド・ボトル・オブ・ビア
13. God Bless the Child/ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド

▼映画公式サイト


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